4/19/2009

真夜中のカーボーイ/ Midnight Cowboy


【 アメリカン・ニューシネマ版"七つの大罪"異典書 】


「孤独な者に幸福<さいわい>はない。

孤独な者に神が恵みをたれるとは聖書に書いてない。

ただの一言もだ!」

Mr. O'Daniel



【 神の子/ジョウ・バック 】

~ 聖書の異典としての物語 ~
三人の賢者ならぬ三人のブロンド女の元、
父親が誰かも分からないまま、この世に出生した金髪碧眼の少年。

7歳のときに虚栄心(vanity)の強い祖母に引き取られてからは
誰からも関心を持たれず未熟な情緒に無口が加わる。
友達はひとりもおらず、TVと会話する虚ろで怠惰(sloth)な日々を過ごす。

【 受難 】

~ アルブカーキからヒューストン ~
外見だけはハンサムで長身の若者に育つもあらゆる面で未成熟なジョウ・バック。
乞うように人との交流を試みるが、そんな心を見透かすように他人は利用し裏切り、
何事もなかったようにいとも簡単に捨てる。

~ 鏡の自分 ~
天涯孤独の身への憤怒(wrath)
この広い世界、自分に対して心底から関心を示してくれる人間はひとりしかいない。
それは鏡の中にいて、じっとこちらを見つめる男、
つまりは自分自身である。

~ 新天地への願望 ~
地方特有の因習と閉塞感の漂うテキサスの片田舎。
妬みや嫉妬(envy)から解放されたい。
大都会NYへの憧れ。 摩天楼の空に自分のイニシャルを書きなぐりたい。

~ カウボーイの装い ~
マッチョな美学、合衆国ヒロイズムの幻想としての法衣。
それらを纏いジョウ・バックは自らを駆り立てるようにグレイハウンドに乗り込む・・・


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【 うわさの男/Everybody's Talking 】

「他人が話す言葉は

聞こえてても・・・

ただ僕の心の空洞にこだまするだけなんだ」

Harry Edward Nilsson Ⅲ


【 孤独のニューヨーク 】

~ ビッグアップルの昼と夜 ~
田舎者には羨望を禁じえないマンハッタンの眩しすぎる風景。
パーク・アベニュー、レキシントン・アヴェニュー、ブロードウェイ、タイムズ・スクエア、etc…

ひとたび太陽が沈めば闇に浮かび上がるもうひとつの顔。

四十二丁目通りの角に立つ人影と深夜営業の妖しいネオンサイン。
仄暗い映画館、裏寂れた路地裏、冷たく湿る地下道。

なんのアテもなく一人の知人も居ないジョウ・バック。
あいかわらずホテルの鏡台に映る自分、ラジオのDJの声だけが慰めだった。

【 異形の住人たち 】

~ "七つの大罪"のメタファー ~
前述の虚栄心、怠惰、憤怒、嫉妬に
強欲(greed)暴食(gluttony)色欲(lust) と・・・

まるで聖書の異典/偽典のように主人公の前に現れる奇怪な登場人物たち。

色情症の年増女、ポン引きまがいの大道伝道師、浮浪者の詐欺師、
マゾヒスティックな紳士、真夜中のパーティ兄妹、精神分析中毒の女。

それぞれに幻惑させられるような極端なエピソードが織り込まれる。


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【 聖痕/スティグマ 】

~ カウボーイ服についた赤いケチャップ・ソースの染み ~

「さあどうぞ!

君はべつにカソリックの信者じゃなくてもいい。

これは旅行者のお守りなんだから」

Townsend P. Locke


【 二人の放浪者 】

~ "X"アパート ~
西二十丁目の一角にあった取り壊し予定の老朽アパート。
調度品といえばどこからか拾ってきたテーブルと椅子にガラクタの類い。
飾られた一枚の写真"灼熱のフロリダの風景"青い海と白い砂浜。
運命のいたずら、通称"ラッツォ"とのルームシェア。

~ エンリコ・サルバトーレ・リッツォ ~
ブロンクス育ちの片足の不自由な若者。
彼は貧しい移民の両親の13人目の息子だった。

二人の共同生活はまるで浮浪者のようなデタラメな日々だったが
ジョウ・バックは不思議と幸福のようなものを感じ始める。

かつて飢えるほど求めていた他人との関わり。
古びた傷口が体内で炎症を起こし、むずがゆく疼いていた者にとって
友人の存在は鎮痛剤のようであった。

そしていまやジョウにとって孤独な過去に戻るという予感ほど
恐ろしいものはなかった。


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~ 非情のニューヨーク ~
そんな彼らから大都会は少しづつ生きるための活力を奪いとっていった。
ここでちょっぴり、あそこでちょっぴりと、ほとんど一秒ごとに気力は目減りする。

コンクリートの舗道は一歩一歩踏み出すたびに足の裏から精気を吸い取り、
どぎついネオンの光は眼に刺さり、路上の騒音は引っ掻くように鼓膜を痛めつける。

~ 新たなる南の新天地へ ~
ジョウ・バックは再びグレイハウンドでの旅を決意する。
汗まみれで震える憔悴しきった友
"ラッツォ"とともに・・・。


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【 約束の地 】

三十一時間だ。

・・・なにがとは、どういう意味だい?

なにがとは、なんだよ?」

Joe Buck



―― 。













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【 アメリカン・ニューシネマの神話 】

「原作は小説に擬した
抒情詩的なブルースのバラード・・・」

Time magazine

映画『真夜中のカーボーイ/ Midnight Cowboy(1969/米)』 113分

【スタッフ・キャスト】

原作
「真夜中のカウボーイ/Midnight Cowboy」 早川書房

ジェームズ・レオ・ハーリヒー James Leo Herlihy
1927年デトロイト生まれ。演技と脚本の勉強をしたのち、
ニューヨーク大学の大学院で劇作の講師を勤める。
1959年最初の短編集
「The Sleep of Baby Filbertson and Other Stories」 発表。
本書"真夜中のカウボーイ"は1965年アメリカ国内の各地を旅行した後に執筆された。

訳者
 宇野輝雄 1931年生まれ。
明治学院大学英文科卒、英米文学翻訳家。

監督
ジョン・シュレシンジャー John Schlesinger
1926年ロンドン生まれ。オックスフォード大学卒業後、
舞台俳優を経て初の長編映画「在る種の愛情」(1962)にて
ベルリン国際映画祭金熊賞を受賞。
代表作「マラソンマン/Marathon Man 」(1976)

音楽
ジョン・バリー John Barry
1933年ヨークシャー生まれ。スタン・ケントン楽団のビル・ルソーに
通信教育で作曲法と和声法を学ぶ。
1959年「狂っちゃいないぜ」で映画音楽に進出。
"007ジェームズ・ボンド"のテーマ曲で名声を得る。
グラミー賞、アカデミー賞など受賞多数。

主題歌
ニルソン Nilsson
1941年ニューヨーク、ブルックリン生まれ。
透きとおった声とイマジネーション溢れる歌唱表現が魅力の
シンガー兼ソング・ライター。
コンピューター・プログラマーの仕事を辞め、 1967年RCAより
アルバム「Pandemonium Shadow Show」を発表。
当初「孤独のニューヨーク/I Guess the Lord Must Live in New York City」
を用意しながらも映画では使用されず
フレッド・ニール原曲のカヴァー「うわさの男/Everybody's Talking」
が主題歌となった。1969年グラミー賞を獲得。代表曲「Without You」


主演
ジョン・ヴォイト Jon Voight
1938年ニューヨーク生まれ。舞台出身の演技派俳優。
無名であったが「真夜中のカーボーイ」主人公を演じ一躍脚光を浴びる。
長身に似合わず童顔のジョウ・バックは作品中一番の収穫とも評された。
その後、ベトナム帰還兵をストイックに演じた「帰郷」(1978)で
アカデミー主演男優賞、カンヌ映画祭男優賞を受賞。
必見

ダスティン・ホフマン Dustin Hoffman
1937年ロサンゼルス生まれ。リー・ストラスバーグのメソード演技で知られる名優。
「卒業」(1969)を始め「わらの犬」(1971)
「レニー・ブルース」(1974)大統領の陰謀(1976) など
ニューシネマを代表する作品に多数出演。

参考資料
「真夜中のカーボーイ」DVD
「真夜中のカウボーイ」早川書房
別冊太陽「アメリカン・ニューシネマ'60~'70」平凡社
「アメリカン・ニューシネマとその彼方」STUDIO VOICE
「Harry Nilsson All Time Greatest Hits」RCA
「John Barry Moviola」EPIC