リクエスト曲というものは嬉しい反面、「こりゃちょっと…」という曲も中にはある。
その中の一つが" Amazing Grace "だ。
この曲は以前 テレビでドラマの挿入曲として使われたらしく、そのせいか割と気軽に
「この曲キレイだよね、好きだなぁ」などとリクエストされるが多い。
しかし曲の成り立ちや詩の意味を考えれば考える程、この曲は宗教観や人の生き死にに関わる程に
重要な曲であり、場合に依っては" 国歌よりも大切な曲 "という人も居るのではないだろうか…
それらを思うと"Amazing..."はおいそれとは弾き辛い感があり、普段は弾かずに済ましている。
たとえリクエストされても、決して目立たぬようにさらりと弾く程度に収めている。
しかし或る日、来店するたびに決まってこの曲をリクエストする客が現れた。
そのたび毎に"あぁ、弾き辛い…"と内心ぼやきながら弾いていたのだが、
ある日、そのリクエストの訳を知った。
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何時になく客数が少ない夜更けだった。いつもと変わらず
"Amazing..."のリクエストを弾き終えると、いつの間にか件の客が
後ろに立って聴いていた。そして、この曲をリクエストする訳を語り始めた。
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件の客(仮にAとする)は、幼い頃からとある日本古典芸能の宗家に弟子入りし、
末弟ながらもその家元からとても可愛がられて育てられたそうだ。
日々修行を積みAが二十歳になる頃。Aにある"試験"が課せられたのだが、
その時アクシデントがあり、Aは試験に失敗してしまったのだそうだ。
試験はその道で独り立ちするには欠かせないプロセスだったらしく、その結果は
A本人はもとより周囲の人間や家元を失望させてしまったらしい…。
そんな事があり失意のどん底に居たAに、
更に追い打ちをかける事が起きた。
家元の、突然の死だった。
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以前「師匠と弟子~」でも触れたように、日本の古典芸能の場合、弟子が一度入った一門を
変えることは有り得ない御法度である。従ってその一門の師匠が死んだ場合、誰かが跡目を
取り一門を引き継がなければ弟子たちは一生路頭に迷うことになる。
そういった厳格な慣わしのせいもあるが、何より"偉大な家元の存在の突然の喪失"は門弟達を
失意のどん底に陥らせる結果となり、結果その芸事から身を引く弟子も何人かいたそうである。
取り分けAのショックは人一倍だったらしい。自分が試験に失敗した時期と家元の死の時期が
近かったせいもあり、Aは師匠の死に対しても自分を責め続けているように見えた。
「何一つ師匠に恩を返す事も出来ず、自分は・・・」
そう呟きながらAは俯き、ギュッと目を閉じた。
嗚咽を漏らし、臍を噛んだ。
20年以上経った今も、Aは慟哭の只中に居るのだった。
これ程迄に深い絆で結ばれた、師匠と弟子の関係…
脳裏に、ある光景が蘇って来た。
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自分が8、9歳の頃、ある事件が起きた。隣に住んでいた
双子の赤ちゃんの一人が、突然死してしまったのだった。
葬儀の日。自分と父は残った双子の赤ちゃんの面倒を見るために自宅に留まっていた。
と突然、外で何事か騒ぎが起きた。自分と父は窓から外を眺めた。
そして見たものは、よろめきながら、何事かを大声で詫びながら
走り去る霊柩車の後を追いすがるように走りだした件の母親の姿だった。
後で聞くと、周囲の者が皆 母親を火葬場へ立ち会わせる事は無理だと判断した程の
ショック状態だったらしく、式の間もずっと夫と親族が母親を両脇で支えていたらしい。
脳裏に鮮明に蘇ったのは、
突然周囲の者を振り払い、倒けつ転びつ
亡き我が子が乗った車を追う母親の姿だった…
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遠い日に見た、子を突然亡くした母親が慟哭する姿と
今 目の前で嗚咽を漏らし涙を流すAの姿が重なる。
…暫く何も言わず待っていると、Aは自分を取り戻し「この曲は
師匠の御霊を慰める為のリクエストなんだ…」と言葉を結んだ。
Aは師匠の死以来、未だにその楽器に触る事すら出来ないと言う。そんなAに対し
思う処は幾つかあるが、いま暫くは何も言わずAのリクエストに応え続けよう。
店の雰囲気には合わないかも知れないけれど
Aの為にも" Amazing Grace "を弾こう、と思った。
その中の一つが" Amazing Grace "だ。
この曲は以前 テレビでドラマの挿入曲として使われたらしく、そのせいか割と気軽に
「この曲キレイだよね、好きだなぁ」などとリクエストされるが多い。
しかし曲の成り立ちや詩の意味を考えれば考える程、この曲は宗教観や人の生き死にに関わる程に
重要な曲であり、場合に依っては" 国歌よりも大切な曲 "という人も居るのではないだろうか…
それらを思うと"Amazing..."はおいそれとは弾き辛い感があり、普段は弾かずに済ましている。
たとえリクエストされても、決して目立たぬようにさらりと弾く程度に収めている。
しかし或る日、来店するたびに決まってこの曲をリクエストする客が現れた。
そのたび毎に"あぁ、弾き辛い…"と内心ぼやきながら弾いていたのだが、
ある日、そのリクエストの訳を知った。
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何時になく客数が少ない夜更けだった。いつもと変わらず
"Amazing..."のリクエストを弾き終えると、いつの間にか件の客が
後ろに立って聴いていた。そして、この曲をリクエストする訳を語り始めた。
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件の客(仮にAとする)は、幼い頃からとある日本古典芸能の宗家に弟子入りし、
末弟ながらもその家元からとても可愛がられて育てられたそうだ。
日々修行を積みAが二十歳になる頃。Aにある"試験"が課せられたのだが、
その時アクシデントがあり、Aは試験に失敗してしまったのだそうだ。
試験はその道で独り立ちするには欠かせないプロセスだったらしく、その結果は
A本人はもとより周囲の人間や家元を失望させてしまったらしい…。
そんな事があり失意のどん底に居たAに、
更に追い打ちをかける事が起きた。
家元の、突然の死だった。
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以前「師匠と弟子~」でも触れたように、日本の古典芸能の場合、弟子が一度入った一門を
変えることは有り得ない御法度である。従ってその一門の師匠が死んだ場合、誰かが跡目を
取り一門を引き継がなければ弟子たちは一生路頭に迷うことになる。
そういった厳格な慣わしのせいもあるが、何より"偉大な家元の存在の突然の喪失"は門弟達を
失意のどん底に陥らせる結果となり、結果その芸事から身を引く弟子も何人かいたそうである。
取り分けAのショックは人一倍だったらしい。自分が試験に失敗した時期と家元の死の時期が
近かったせいもあり、Aは師匠の死に対しても自分を責め続けているように見えた。
「何一つ師匠に恩を返す事も出来ず、自分は・・・」
そう呟きながらAは俯き、ギュッと目を閉じた。
嗚咽を漏らし、臍を噛んだ。
20年以上経った今も、Aは慟哭の只中に居るのだった。
これ程迄に深い絆で結ばれた、師匠と弟子の関係…
脳裏に、ある光景が蘇って来た。
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自分が8、9歳の頃、ある事件が起きた。隣に住んでいた
双子の赤ちゃんの一人が、突然死してしまったのだった。
葬儀の日。自分と父は残った双子の赤ちゃんの面倒を見るために自宅に留まっていた。
と突然、外で何事か騒ぎが起きた。自分と父は窓から外を眺めた。
そして見たものは、よろめきながら、何事かを大声で詫びながら
走り去る霊柩車の後を追いすがるように走りだした件の母親の姿だった。
後で聞くと、周囲の者が皆 母親を火葬場へ立ち会わせる事は無理だと判断した程の
ショック状態だったらしく、式の間もずっと夫と親族が母親を両脇で支えていたらしい。
脳裏に鮮明に蘇ったのは、
突然周囲の者を振り払い、倒けつ転びつ
亡き我が子が乗った車を追う母親の姿だった…
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遠い日に見た、子を突然亡くした母親が慟哭する姿と
今 目の前で嗚咽を漏らし涙を流すAの姿が重なる。
…暫く何も言わず待っていると、Aは自分を取り戻し「この曲は
師匠の御霊を慰める為のリクエストなんだ…」と言葉を結んだ。
Aは師匠の死以来、未だにその楽器に触る事すら出来ないと言う。そんなAに対し
思う処は幾つかあるが、いま暫くは何も言わずAのリクエストに応え続けよう。
店の雰囲気には合わないかも知れないけれど
Aの為にも" Amazing Grace "を弾こう、と思った。