6/14/2009

初めての発表会



或る日、友人が出し抜けに「楽器を買った」と言い出した。
訊くところによると、レッスンを受けながら練習するらしい。
「へぇ。いいじゃない。頑張って」と素直に返答したら、
「今度、発表会があるんだ…」と告げられた。

“音楽は聴くだけじゃ勿体無い”と常々思ってはいるが
流石に《発表会》までは想像力が及ばなかった。
そうか。知人に演奏をお披露目する場は
なかなか無いモノなのかもしれないな…と思いつつ、
いざ実際に自分がお客さんとして《発表会》に
聴く段になると、“行こうか、行くまいか”と
一瞬考え込んでしまった。

それは、強いて例えるなら
“最初からハッピー・エンドと分かっている映画を
半ば無理矢理観させられるような感覚”だろうか。
演奏の出来不出来に拘らず、必ず「いやあ、良かったよ」と
笑顔で応えるべき役…のような、一縷の窮屈さを勝手に感じて
気が引けたのだと思う。

しかし件の友人とは音楽に関してお茶を濁したり御世辞を言い合う様な
間柄ではない(と勝手に思っている)。彼の演奏を聴き、その印象を率直に
伝えれば良いのだと思い直し、行くことにした。


  ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


会場になったライブハウスに着くと、既にプログラムの後半にさしかかっていた。
客席には出演者と招待客が入り乱れ、なごやかな内にも華やいだ雰囲気だ。
思った通り、どの客も晴れやかで楽しそう…半ば急き立てられて席に着いた。

生徒は演奏の順番がくると名前を呼ばれ、ステージに上がる。
先生による簡単な曲紹介の間、生徒は忙しなくマイクの位置を直したり
楽器のセッティングに追われている。 緊張のせいか、殆どの生徒は
客席を一瞥もせず演奏を始め、演奏が終わってもサッと舞台袖に引っ込んでしまう。
見ているだけでこっちにまで緊張が移ってしまいそうだ。

緊張の余りずっと指の震えが止まらない人。
額に滲む汗、もつれる指。
彼等のうち、自分の演奏に満足出来た人はどれ程居るだろう。
自分の演奏をちゃんと覚えていない人もきっと多いんだろうな…
と思っていたら、友人の名前が呼ばれた。有名なバラードの選曲…
演奏が始まった――――――――――――




それは、
確かに拙い演奏ではあったが、
それにも増して 十分魅力的な演奏だった。
「上手く演ってやろう」という欲も無く、かといって
「楽器を始めてまだ半年だから…」という言訳じみた感も無く、
ただ淡々と、彼が好きな曲を、今の彼が演れる範囲で
本当に丁寧に、無心に演奏したのである。

そして、こんな詩を思い出した…


 まだあげ初(そ)めし前髪(まへがみ)の
 林檎(りんご)のもとに見えしとき
 前にさしたる花櫛(はなぐし)の
 花ある君と思ひけり

  島崎藤村 / 若菜集より『初恋』冒頭部分



何かを始めた当初の瑞々しい感覚や初々しい喜びというものは
どんなに大事にしていても、次第に薄れてしまうものだと思う。
その瞬間に立ち会わなければ、たちどころに消えてしまい
二度と現れない陽炎のようなものだ。
彼の演奏はその《二度と帰っては来ない瞬間》に満ち溢れていて、
それが自分の眼にはひどく魅力的に映ったのである。

発表会が終わり ライウハウスの前に佇んでいると、彼が出てきた。
どうだった?と問いかけるような顔に向かって、言葉が素直に口をついた。


       「いやあ、良かったよ」


実は来月も彼の発表会が控えている。3度目か4度目の今は
彼の中で“こう演奏したい”という欲が芽生えつつ在るようだ。

今度はどんな印象を見せてくれるのだろう。
今から楽しみだ。