7/11/2009

あの夏、彼女に伝えたかったもの・・・


4/26の拙レビュー作成のためにカセットテープの山を掘り起こしていたら、こんな物も一緒に出てきた。「坂本龍一 vs D.Bowie」と書かれている。83年11月22日にエア・チェックした≪坂本龍一のサウンドストリート≫のテープだ。

テープを聴き返してみた。
シリアス・ムーンライト・ツアーの為に来日していたデヴィット・ボウイがゲスト出演し、映画『戦場のメリークリスマス』のウラ話やD.ボウイ自身の幼い頃の思い出話などでかなり盛り上がっている。ピーター・バラカンがザックリめの通訳とUKミュージック・シーンの解説係を兼ねて二人の間を取り持ち、中々充実した内容だった。



そのテープを聴いているうちに、
不意に高校時代のあるクラスメイトと
彼女に纏わる出来事が鮮明に蘇ってきた。


今回は高校時代の思い出と彼女の話を書いてみようと思う。


その頃は、所謂"洋楽全盛期"だった。
初めのうちは《ベストヒットUSA》や《ミュージック・トマト》等のTV番組を欠かさず
チェックし、音楽雑誌を友人同士で手分けして買い求め、其々お気に入りの
アーティストのページを切り取って 互いに交換しあっては情報を得るだけで
満足していたが、だんだんそれだけでは物足りなくなってきた。

そこで高校の立地条件(比較的都心にあった)をいいことに、放課後になると
ミュージック・ライフやロッキン・オン、音楽専科などの編集室や、色んな
レコード会社の洋楽部に「差し入れ」と称してチャチな菓子折を買い求めては
様々な情報(決して大した情報ではない)やちょっとしたウラ話を聞く為に
押しかけてゆくようになり、結局は担当の方々の仕事の邪魔をしたりもした
(今更ながら随分好き勝手な事をしたもんだ…と、冷や汗が出る)。

今思うと、自分にとってのその頃の"洋楽"という存在は単なるマクガフィンであり
親や学校、その他諸々の息苦しさから自分を遠ざけるための小道具だったのかも知れない。
しかし当時はそんな事に考えが至る筈も無く、ただただミーハー心をくすぐる
"楽しい遊び道具"として捉えていたような気がする。



彼女について。

彼女(仮に"M子"と呼ぶことにする)は学年でも一、二番を争う優等生だった。
ワカメちゃんのようなおかっぱ頭がトレードマークのM子は真面目を絵に
描いたような存在で決して校則も破らず、品行方正そのものだった。

彼女に対する先生方からの信頼は絶大だったが、同時にM子の堅物
ぶりは他の生徒からは疎まれ、彼女はクラスの中で少し浮いた存在だった。


そんなM子と自分との距離は当然の如くかなり遠いものだったが、互いに相手の
物珍しさに好奇心があったのだろうか、ごくたまに会話を交わすこともあった。


初夏のある日。ちょうど今頃の季節だった。理由は何故だか分からないが、
"そうだ。M子に洋楽の楽しさを伝授してあげよう!"と思いついた。
教室の片隅でひっそり佇む彼女を音楽室に誘い、様々な洋楽雑誌を
見せ、話題のアーティストの話を面白可笑しく話して聞かせながら、
何とかM子の気を惹こうと何曲かをピアノで弾いて聴かせた。そして
お気に入りの曲を詰めたテープを「よかったら聴いてみてね」と手渡した。

彼女の反応はかなり薄く(「うん…」「そう…」程度の返答だった)、
幾分がっかりしたものの、相手はあの"カタブツのM子"である。
"まぁこんなもんかな…大体雑誌を校内に持ち込むのは校則違反だし…
先生に言いつけられないだけでも、良かったのかも"と思い直し、納得した。

その後 M子と話をする機会はほとんど無くなり、
そのまま1年間が過ぎていった。



3月。進路別のクラス替えを控え、教室で"お別れ会"をすることになった。
めいめいが中の良いクラスメイトと組み、ちょっとした余興を披露してゆく。

やがて最後にM子の順番が回ってきた。
結局 親友が出来ず仕舞いだった彼女は、
たった1人ぼっちで教壇の前に立った。

彼女は「皆さん、1年間有り難う。最後に歌います…」と
皆に言い、胸の下で両手を合わせ、
静かにアカペラで唄い始めた。


  It's a God awful small affair
  To the girl with the mousey hair
  But her mummy is yelling, "No!"
  And her daddy has told her to go...



M子の澄んだ歌声が教室に響く。
クラスメイト達は興味無さ気にヒソヒソとお喋りに興じている。
自分だけが、信じられない思いで彼女を見つめていた。

うわあ。

M子の事だから、てっきり音楽の授業で習った曲か
校歌を歌うとばかり思い込んでいたのに…


  …Sailors
  Fighting in the dance hall
  Oh man! Look at those cavemen go...



曲調とは全くかけ離れた合唱部仕込みのファルセットではあったが、
それは、紛れも無く、
あの夏の日に彼女に弾いて聴かせ、手渡したテープの中の
"あの曲"だった。





M子との思い出は これでおしまいだ。別に彼女と
親友になった訳でも無く、その後はクラスも別れ、
卒業後の彼女の消息も知らない。

ただ、今になってみると
あの夏の昼休みにM子に伝えようとした
随分と独り善がりな"熱意"のようなモノは
少しは伝わっていたのかもしれないな、と思う。