8/23/2009

" セプテンバー・ソング " 映画『 旅愁 / September Affair 』(1950年・米)より




妻子ある中年の建築技師と美しいピアニスト──
旅先で偶然に出会った男女が繰り広げるメロドラマ『旅愁』。

銀幕に登場する美男美女と風光明媚なロケーション、
イタリア料理、ワイン、そして上質な音楽…
いかにも往年のハリウッドらしい上品な映画だ。

「熟れたワインのような私の人生
残された月日を君と過ごそう」

そう歌われるセプテンバー・ソング。
九月は人生における秋ということか── 一年という周期を人の一生に喩えている。
・・・・・・
作曲はユダヤ人音楽家クルト・ヴァイル。
ナチス政権下のドイツからアメリカへ亡命した彼は、
交響曲からドイツ演劇の作曲を経てブロードウェイ・ミュージカルへと
その作風を大きく変貌させながら多くの曲を残している。

ベルリンの雑踏を曲想にしたといわれるモリタート=マック・ザ・ナイフや
スピーク・ロウなどのジャズ・スタンダードは特に有名だろう。
またアラバマ・ソングなども含めて、後のアメリカ大衆音楽に与えた影響は大きい。


この曲セプテンバー・ソングの生い立ちには、こんなエピソードがある。

1938年──クルト・ヴァイルの元に切迫した声で一本の電話が飛び込んできた。
「大至急 曲を用意してくれないか?それも今晩中にだ」
という製作側からの作曲依頼。

それは、当時の舞台作品での配役を巡るトラブルだったようだ。
とある"大物男優"が自身の役柄の小ささに怒ったのが発端で
現場は大揉めに揉めていたらしい。

そこで、製作サイドは一計を案じた。
元々ヒロインを強奪するだけの悪役を
”実は若い娘への恋情を募らせたのには理由があった”という設定に変え、
件の俳優に初老の境地や寂しさ、人生の感慨を舞台で歌わせよう──
つまり役柄の好感度を歌によって強引に上げてしまおう…と
そんな訳で話がヴァイルの元に舞い込んだのだった。

お陰でヴァイルは長距離電話越しの作曲を余儀なくされたが、
それでもわずか一晩きりの突貫工事でこの曲を仕上げたというから、流石と言おうか。

後にフランク・シナトラを始めナット・キング・コールや
果てはルー・リードに至るまでのキャリアを積んだベテラン歌手たちが
こぞってカヴァーした気持ちが解かる気がする。

さぞかし、件の大物(巨匠ジョン・ヒューストン監督の実父)も
満足されたことであろう──。