10/25/2009

その男、Yves Montand



その男、Yves Montand



映画『モンタン、パリに抱かれた男 / Montand Le Film 』は、イヴ・モンタンのリサイタル映像と共に 彼の政治的信条(彼は始め熱烈な共産主義であり親ソ連であったが後に転向する)から私生活、また数々の恋愛遍歴までもが克明に記された極めて内容の濃いドキュメンタリーフィルムだ。

彼の音楽に対する真摯な姿勢は、リサイタル間近のリハーサル・シーンで明らかになる。 カメラが回っていることに全く頓着せず、伴奏者達に向かって細微なアーティキュレーションや テンポの狂いをビシビシと指摘する彼の立ち居振る舞いはまるで厳格な教師のように容赦無いが、その成果は一分の狂いも無い完璧なショーによって見事に結実しているのがよく分かる。

伴奏者たちは終始薄い緞帳の向こう側で演奏し、彼はただ一人で舞台の中央に立つ。 他にセットの類は一切無く、彼自身も極めてシンプルな黒いシャツ姿で歌い通す。 ある時は軽妙に、ある時は哀愁を漂わせ、また驚くほどになまめかしく歌う彼の表情。そして隙のない身のこなし。観客達は誰一人としてその前に繰り広げられていた厳しい音合わせを想像出来なかっただろう。 彼一流のエスプリに富んだ佇まいは"伊達男"そのもので、見る人を魅了して止まない。

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ここで、3つの"枯葉 / Les feuilles mortes"の映像を紹介したいと思う。

ひとつ目は20代の頃(だと思う)に撮られたもの。確かに歌は上手いがまだまだ線が細く、如何にも"若い!"と思わせる映像だ。
Les feuilles mortes Ⅰ

ふたつ目は40代の頃(だと思う)に撮られたもの。"恋多き男"として、モンローを始め名だたる美女たちと浮名を流した頃の彼の姿は確かに色っぽく、当時のご婦人方が思わずときめいてしまったのも頷ける…ような気もする。
Les feuilles mortes Ⅱ

最後は、60歳を迎えた彼がパリのオリンピア劇場で歌った映像。それまでとは違う次元の説得力や素晴らしさは、とても自分の筆力では書き表せない。かつての恋人ピアフが人生最後のステージを行った場所で、彼は演出や誇張を脱ぎ捨てた"枯葉"を歌い、頂点を極めた。
Les feuilles mortes Ⅲ



最初の映像から… 約40年間。

これほどの"枯葉"が歌える迄に、
彼はこの曲を一体何回位歌ってきたのだろう。

夥しい数の映画出演やアルバム発表の傍ら 自ら政治活動に身を投じ、
数々の恋愛に身を窶し、長い回り道や苦い経験を経た人間だからこそ、
初めて到達し得る境地なのかも知れない。


 "   その曲は まるで僕達のようだね
    君は僕を愛し 僕は君を愛し
    しかし 時に人生は その愛をも分かつのだ
    静かに 音も無く    "


    (“枯葉”意訳:電気羊)