3/21/2010

映画 『 眼下の敵 / The Enemy Below 』


【 晴天の霹靂 】

南大西洋──しっとりと頬を打つ暖かい風を感じながら、
艦は穏かに南下していた。海は掻き分けるられる度に模様を生み、
それは白い軌跡となってやがて青緑色の海にゆっくりと薄れていく。

艦の存在に驚いた飛び魚が波間に突っ込んでいくのが見える。
水平線では小さな雲がいくつか追いかけっこをしていた。
頭上にあるのは蒼穹──澄み切った青空があった。

米国海軍駆逐艦ヘインズ号はここ大陸から遠く離れた大西洋の外洋、
通商航路からも見捨てられたような何もない海域を単身航行していた。
 
・・・・・・

突然、艦内電話が鳴る 「艦長。レーダー室より報告、小型の反応あり」

俄然、駆逐艦はスクリューの強力な推進力に駆られ、波と波の谷間へ
突っ込んでいった。それまでとは打って変わり、いまや海は青緑色に
浮かぶ水の壁となって激しく艦首に殺到するのだった。

【 眼下の音 】

海の中は音の世界だと言われる。
電波や光は海水中ではすぐに弱まって遠くに伝わりにくいが、音は遠くまで伝わるからだ。
それと音が伝わる速度が違うらしい。調べたら、空気中だと一秒間に340メートル進むのだが、
これが水中の場合は一秒で1500メートルにもなると聞く・・・速い。

潜水艦が登場する映画でお馴染の「キコーン、キコーン」という例の音。
あれは原理としては短くパルス音を発信して、反射するエコー音との時間差
を捉えることによって距離を測定している。つまり”山びこ”で分かるという事だ。

音の反射・反響そのものについては音楽機材に詳しい人はご存知だろう。
ディレイ・タイムの設定で距離は勿論、音の定位や反響材がもたらす質感等々…。

この”アスディック”(Anti-Submarin Detection Information Comittieeの頭文字)
あるいは”ソナー”(Sound navigation and rangingの頭文字)といった装置は
水中での音の特質を最大限に応用しているといえるだろう。

第一次大戦中ヨーロッパ沿岸でのドイツ潜水艦Uボートの猛威に苦しめられて
以来、英国を中心に後に米国でも開発が始められたそうだ。

【 The Enemy Below 】

映画『眼下の敵』では第二次大戦末期における南大西洋が舞台であることから、
アメリカの駆逐艦は最新鋭の装備、対するUボートはもはや残存少ない艦のひとつだろうか。
一対一での争いが描かれているが、戦局は極めてアメリカ側に有利といえる。

Uボートは深く潜航して息を潜めるように静かにやり過ごす。
駆逐艦のソナー音は徐々に敵との距離を縮めていき精神的にも追い詰める。
「キコーン、キコーン」と執拗に追いたてていくその様は
さながら獲物を狩り立てるムチのようだ。

やがて駆逐艦の艦長はその卓越した指揮能力と作戦プランでもって海上から連続攻撃を仕掛けていく。

” 爆雷投射機が吠えて、光る空に爆雷がくるくると舞い上がった。
片舷二発ずつ、全部で四発。さらに二組の死を振りまく缶詰が
爆雷架から転がり出た。死の鳥は卵を産み落としたのだ・・・

艦尾の海面は金色にきらめき、目の前にある陽光が潮焼けした肌をしばし温める。
そのとき爆発がおこった。爆雷の炸裂の後に海面を揺さぶる爆発がたて続けに起こった。

見つめる男たちは、いったい人の手で造られた物が
この恐るべき衝撃にどうして耐えうるだろうか、と訝しんだ。
爆発のあとに垂れ込めた静寂は手で触れられるほどだった・・・
男たちは死と同席して──しばし声を低めた。 ”

~ D・A レイナー 著 『 眼下の敵 / The Enemy Below 』 より~


【 Der Dessauer Marsch 】

ここにおいて駆逐艦ヘインズ号の艦長は考えた。
ここ数時間にも及ぶ爆雷が与えた衝撃と破壊は、たとえ撃沈するまでに至らずとも
敵Uボートの海面への浮上を促がす筈だ。おそらく潜水艦という密閉された空間内は
もはや凄惨たる惨状に違いなく、敵乗組員たちにも死への恐怖が蔓延したであろう…
降伏すらありえる事だと思った。

そこへ「艦長、艦長!」ソナー係から驚愕の混じった声がする。
次の瞬間、艦内の拡声器から聞こえてきた音はまったく予想だにしないものだった・・・
それは───

映画 『 眼下の敵 / The Enemy Below 』1957年 米・西独

監督 ディック・パウエル Dick Powell
主演 ロバート・ミッチャム Robert Mitchum  
   クルト・ユルゲンス Curd Jurgens
音響 ウォルター・ロッシ Walter Rossi
原作 D・A・レイナー Denys Rayner

参考資料
『眼下の敵』DVD 20世紀フォックス 
『眼下の敵』D・A レイナー 著 鎌田三平 訳 創元推理文庫
『音のなんでも小事典』日本音響学会 講談社

by gkz