3/06/2010

映画 『 知りすぎていた男 / The Man Who Knew Too Much 』


映画 『 知りすぎていた男 / The Man Who Knew Too Much 』

【 The one note man 】

まず最初に"一音符の男"の話を紹介させていただきたい。

” 朝、ひとりの男が家を出る。バスを乗り継ぎアルバート・ホールの前で下車する。
ホールに入ると帽子とコートを取り楽器ケースから小さなフルートを取り出す。
それから他の演奏者たちと一緒に広いステージに上り自分の席につく。

しばらくすると指揮者が現われ合図とともにシンフォニーの演奏が始まる。
フルートの男はじっと座っている。冒頭から序盤にかけてゆっくりと
感傷的なフレーズが奏でられる。男は座ったまま楽譜を見つめている。

・・・・・・

曲調も繊細な表現から凝った和声へと転じて行く。フルートの男は座ったまま
目で楽譜のページを追っている。曲は中盤に差し掛かり様々な音楽的要素でもって
益々複雑に展開する。それでも男は指で楽譜のページをめくっている。

・・・・・・

指揮者の身振りもどんどん大袈裟で派手な展開になって曲は終盤に近づく、
ようやく男は椅子から静かに立ち上がる。指揮者の視線が初めて彼に向けられる。
男はフルートを口に持っていく・・・タクトが振られる──ワン・ノート──

たった一音、男はフルートを吹き鳴らす。

一音符だけ鳴らした後、男は楽器をケースにしまい込み、
ひとりオーケストラから離れると帽子を被りコートを着てホールを出る。
それからバスに乗り帰宅してシャワーを浴びて着替えて夕食をとり、
歯を磨きうがいをすませてベッドにもぐり込み…スタンドの灯を消すのだった。 ”


【 The Man Who Knew Too Much 】

長くなってしまったが…上記の話は『 ザ・ワン・ノート・マン 』という
英国の古い漫画のだいたいのストーリーである。
このただ"一音符"だけ音を演奏する箇所に着目して作られたのが
巨匠ヒッチコックの『 暗殺者の家 (1934) 』、そして後にリメイクされた
『 知りすぎていた男 (1956) 』ということのようだ。

もちろんこれらの映画には沢山の要素があるし、ヒッチコックなら尚更だろう。
ただ、サスペンスの巨匠といわれる人が持つ宝のようなマクガフィンの
アイデアの引き出し──その一部が覗けたようで何だか嬉しい。

【 Bernard Herrmann 】

映画では楽器がそっくりそのままフルートからシンバルに取り替えられてあるが、
英国の作曲家 アーサー・ベンジャミン( Arthur L.Benjamin )による
" ストーム・クラウド・カンタータ "がここでは見事なまでに設定にぴったりとはまっている。

当初、リメイク版の音楽を担当したバーナード・ハーマンは作曲の依頼を
受けたようだがオリジナル版を観て" Storm Clouds "のスコアを気に入り、
結局は編曲というかたちで使用されることになった。
カメオ出演好きなヒッチコック監督の意向なのか?
ハーマン本人も指揮者役でスクリーンに登場している。

もっとも、映画音楽としては妻役のドリス・デイ自ら歌う
『ケ・セラ・セラ/ Que Sera,Sera 』( Whatever Will Be,Will Be )
こちらのイメージの方が一般的だろう。


text and traced by【 gkz 】


参考資料
『 知りすぎていた男 』 DVD Universal Pictures
『 Bernard Herrmann The Film Scores 』 CD Sony
『 ヒッチコック映画術 』 フランソワ トリュフォー 著 山田宏一 訳 晶文社
『 ヒッチコック ヒロイン 』 梶原和男 編 芳賀書店
『 世界の映画作家 12 』 キネマ旬報社