5/16/2010

映画 『 シーズ・ガッタ・ハヴ・イット / She's Gotta Have It 』 スパイク・リー


” 船は男の夢を乗せて漂う 
  波の間と間に揺蕩う夢を
  海の彼方に消え去る夢を 
  その時夢は死をも恐れない
  それが男の人生だ

  女はそれを忘却の彼方に押しやる
  夢は真実だ
  男と女はそれぞれの生を生きる ”

~『 彼らの目は神を見ていた / Their Eyes Were Watching God 』より
ゾラ・ニール・ハーストン / Zora Neale Hurston~


シーズ・ガッタ・ハヴ・イット──
直訳すれば ”彼女はそうせずにはいられない”

何を?──それは同時に複数の異性と恋愛すること。関係を持つこと。
一般論としては男性に多く存在するタイプだろう。

1986年公開の監督スパイク・リー初めての長編作品。

-----------------------------

「 次の脚本のタイトルを思いついた。
”She's Gotta Have It ”
今までの作品とは違うものにしたい。
第一、今回は主人公が女性。
それだけでも僕にとっては変化だ。 」

~『スパイク・リーの軌跡』より 1984年10月4日 Spike Lee~

-----------------------------

この映画の中では一般的な立場とは逆転した設定になっている。
つまり主人公の一人の女性に対してそれぞれ
個性の違う三人のボーイフレンドが居るのだ。

製作する際には、膨大な質問項目を作り、
数多くの女性にインタビューをするなど
性行動についての入念なリサーチを行ったらしい。

「 様々な女性から意見を聞き出そう。
かなり掘り下げた質問内容でなきゃならない。
主人公の行動の理由を知る為に必要だ。

答えは女の子たちとの徹底インタビューの中で見つかるはずだ。
進歩的性欲症候群(Advanced Sexual Syndrome)
とでも名付けよう。質問は全部で40項目だ 」
~Spike Lee~


スパイク・リーによると、実際”そうせずにはいられない”
何人かの女性にはまったく正反対の特徴、周期的に禁欲的な
生活を送る時期があるという──過食や拒食の問題で
よく似た話を聞くことがあるが、それらと同じような
心理からなのだろうか?興味深い事実だ。

日本語の副題として”彼女の欲しいものは”とある。
これは作品の本質的なテーマに沿って付けられたタイトルなのだろう…。

-----------------------------

「 自由奔放に生きる女。やりたいと思うことは何でもやる。
彼女が違う男たちと抱き合い、キスし、寝られるなんてこと、
男たちにはとうてい理解できない。しかし一方で自分たちこそ
さんざん同じことをしてきたって事実にはちっとも気づかない。 」
~Spike Lee~


-----------------------------

要するに、SEXすることと愛することとは?それはどう違うのか?

人が不特定多数の異性関係を持つのは何故なのか?また、
それが厳しく非難され特に女性が行う事は許されないという
二重の基準──男女間の差は何であるのか?

そして、そもそも愛とは何だろう?

そういった現代的なセクシャリティを監督・脚本から配役や音楽、
製作に至るまで、全編に渡ってアフリカ系米国人としての信念と
作家性にこだわって作られたインディペンデント映画である。

のちの『ドゥ・ザ・ライト・シング (1989)』や『マルコムX (1992)』
といった人種間の問題提起となる作品とは若干趣きを異にする。
どちらかといえば『モ'・ベター・ブルース(1990)』に近い路線だ。

スパイク・リーのインタビュー読むと、たびたび、理想とした映画監督に
黒澤明の名前が挙がることがある。この作品でも登場人物が
それぞれ同じ事柄について証言する手法は『羅生門』からの影響だろう。

また、アメリカ映画史を大きく考えてみたときに、例えばここで
仮にスパイク・リー以前と以後に分けることが出来るとしよう──
そうすると明らかな違いが有ることに気づく。

つまり彼の映画では従来のハリウッド映画で描かれた作り物っぽい
戯画的な黒人の姿とは違う、実体をともなった個人としてその内面が描かれている。
普遍的な日常生活に悩めるひとりの人間として黒人が描かれている。
当たり前のことなのだが──。

「 長男としては、ミュージシャンにだけは
なるものかっていう反骨精神があったんだ。
父みたいにとても優れた偉大なミュージシャンを
親にもてたのは恵まれたことだと思ってるし、
この映画のおかげで彼の評価がぐっと高まったのはとてもうれしいよ。 」
~Spike Lee~


『シーズ・ガッタ・ハヴ・イット』の映画音楽はベーシストである父、
ビル・リーによる室内楽の静謐さを感じさせるような静かなジャズだ。
苦悩を湛えた叙情的なスコアは女性的な美の表現にも感じる。

by gkz

-----------------------------
【 シーズ・ガッタ・ハヴ・イット/ She's Gotta Have It (1985) 】84 min

監督・脚本・製作
スパイク・リー Spike Lee
音楽 ビル・リー Bill Lee
出演 トレイシー・カミーラ・ジョーンズ Tracy Camilla Johns
トミー・レドモンド・ヒックス Tommy Redmond Hicks
ジョン・カナダ・テレル John Canada Terrell
スパイク・リー Spike Lee

参考資料
『 シーズ・ガッタ・ハヴ・イット 』 VHS Asmik
『 スパイク・リーの軌跡 』 スパイク・リー 著 
田中アリサ 訳 マガジンハウス
『 ローリング・ストーン インタビュー選集 』
ヤン・S・ウェナー/ジョー・レヴィ 著
大田黒奉之/富原まさ江/友田葉子 訳 TOブックス
『 ブラック・ムービー 』井上一馬 著 講談社