6/14/2010

南アフリカを廻る音楽たち


「アフリカ人であることを祝おう」をスローガンに、初めてアフリカで開かれたW杯。
ちょっと便乗して 開催国、南アフリカ共和国と音楽について、少し書いてみようと思う。


~ 『サン・シティー』の記憶  ~
MTVが洋楽界を席捲していた1985年、ひとつの曲が発表された。それは当時の時流であった
チャリティー曲の一つではあったが、他のべたついたイメージの曲想とは大きく異なっていた。
それが" Sun City "だった。参加アーティストは約50名。当時の英米ロックスター達に加え、
マイルス・デイヴィス、ハービー・ハンコック、ロン・カーター、RUN D.M.C.、ジョージ・クリントン、
ルー・リード、ギル・スコット・ヘロン、ジミー・クリフ…といった異色の顔ぶれが参加していた。

しかし歌詞やヴィデオ・クリップの内容が他のチャリティー曲と比べてリベラル色が強かった為、
アメリカの保守的な地域でのオン・エアは控えめであったという。その為か他のチャリティー曲に比べ
最高38位(ビルボード)と今一つの興行成績だったが、言い様のないパワーに満ち満ちた曲は
当時の自分にとってかなり強烈な印象だったように記憶している。
そしてこの曲は自分を始め多くの若者に" アパルトヘイト "という問題を突き付けた。



~ 映画『アマンドラ!希望の歌』 ~

Amandla! A Revolution in Four Part Harmony
南アフリカ・アメリカ映画
2002年 南アフリカドキュメンタリー映画祭 観客賞 受賞
2002年 サンダンス映画祭 観客賞、表現の自由賞 受賞
監督:リー・ハーシュ  日本語字幕監修:ピーター・バラカン


2004年の夏、このドキュメンタリー・フィルムをレイト・ショーで観た。
アパルトヘイトによる激しい圧政と弾圧により職も土地も奪われ、或いは家族をも失った人々。
また不当逮捕され幽閉の身となった人々…。あの『サン・シティー』リリース当時から早20年が
過ぎていたのだが、この映画に見る鮮烈な映像と証言は、あの頃の強烈なイメージと重なった。

傍から見ると何もかも奪われたかのように見える彼等に、残された物。それが『希望』と『団結』、
そして『音楽』だった………こう書くと如何にも優等生めいた絵空事の様に思われてしまいそうだが、
この映画を観ると、彼等には本当にそれだけしか残されていなかった事がよく判る。
そして、目には見えないこの三つの力が当時の圧政者達を追い詰めてゆく様に釘付けになった。


~ " Toyi-Toyi " の凄さ! ~
『トイ・トイ』とは、彼等が白人に対して行った闘争スタイルの事。
元は南ア黒人の武装ゲリラ、MK(民族の槍 Umkhonto we Sizwe)が隣国ジンバブエで
軍事訓練をしていた折に現地の人達から習ったダンスのような動きと歌が元になっているという。

文字通り何の武器も持たない人々が、戦車や機関銃で攻撃してくる白人警官に向かって
『トイ・トイ』をしながら迫る。丸腰ながらも皆が肩を並べ足を踏みならし、時にジャンプし歌いながら
ジリジリと圧政者に立ち向かうシーンは圧巻だ。途中傷つき倒れる者がいても、逆に人数は増えてゆき…
ついにはその数が何千、何万と膨れ上がった時───────圧政者達は逃げ出す他無かったのだ。



~ Hugh Masekelaについて ~
この『アマンドラ!』は生々しい証言や印象的なシーンで埋め尽くされた映画だったが、
中でも一人のミュージシャンを紹介したいと思う。上に挙げた映画のトレイラー動画のスタートから
18秒辺りに白い服を着たカウベルを叩く男性、Hugh Masekela(ヒュー・マセケラ、又はマサケラ)だ。

トランペット奏者のマセケラは1960年に起きたシャープヴィルの大虐殺を期に国を逃れアメリカに渡り、
N.Y.で活躍した優れたジャズミュージシャン。「故郷の友人も知人も居ない中、一人で毎日セントラル・
パークに来ては、母国語で独り言をずっと呟き続けたよ。故郷と、故郷の言葉を忘れない為にね」と映画の
中で語る彼の言葉が心に強く残った。次に紹介する動画は映画の中でも紹介されている曲『スティメラ』。

"スティメラ"とは石炭を運ぶ長距離列車の意味だ。
ビリイ・ホリデイの、かの曲にも劣らない名曲だと思うが、如何だろうか。。。



~ アフリカの時代 ~
今W杯の開幕式典で、ズマ南ア大統領は「アフリカの時代が来た」と宣言した。
しかしその現実はまだまだ厳しい。国の南部では1日1ドル以下で暮らす市民が4割を占め、
開幕前には親善試合の無料チケットを求める観客が殺到し、結果負傷する事態に発展している。
また南アフリカ人以外のアフリカ人によるチケット購入は全体の2%に留まっているらしい。

それでも、彼らには希望が見えているのだと思う。
ネルソン・マンデラ元南ア大統領は開幕式こそ出られなかったが「W杯はただの試合ではない。
言葉や肌の色、政治信条や宗教を超え、世界を一つにできるサッカーの力の象徴だ
」と
力強いメッセージを寄せている。

遠くて熱い国、南アフリカ。
彼らの希望を込めた大会が成功する事を期待したいと思う。