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2/12/2012

幸せの黄色いリボン / Tie a Yellow Ribbon Round The Ole Oak Tree


今回、ある歌を紹介してみようと思う。その曲は元々アメリカ各地に残る"黄色いリボン"に纏わる伝承を歌にしたものだ。

軽快な伴奏をバックに語られる歌の内容はこうだ──バス旅行をしている若者たちが一人の初老の男と出会う。その男は故郷にいる別れた妻に手紙を出したという・・・

「もし、まだ待っていてくれるのなら
樫の老木に黄色いリボンを付けておくれ……
黄色いリボンが見えなかったら
俺はそのままバスで立ち去ろう」

" Tie a Yellow Ribbon Round the Ole Oak Tree "
song by Dawn, written by Irwin Levine and L. Russell Brown

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" The Yellow Handkerchief "
" Shiawase no kiiroi hankachi " directed by Yoji Yamada (1977)

1977年の第一回日本アカデミー賞受賞作品『幸福の黄色いハンカチ』。

監督の山田洋次はこの曲の歌詞から映画化の着想を得たと後に述べている。舞台設定を北海道にリボンをハンカチに置き換えて、高倉健演じる中年男が若者たちと旅に出る。高度経済成長時代の日本の映像も懐かしい。

暦の上では春とはいえ、まだまだ余寒の候……部屋で篭るとしたら、たとえばこんな歌と映画はどうだろう。

by gkz

9/01/2011

Hallelujah



Hallelujah

I've heard there was a secret chord
That David played, and it pleased the Lord
But you don't really care for music, do you?

It goes like this
The fourth, the fifth
The minor fall, the major lift
The baffled king composing Hallelujah

Hallelujah, Hallelujah
Hallelujah, Hallelujah


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聞いた話によると「秘密の和音」というものがあるそうだ。かつて、ダビデ王が天の主を喜ばせる為にそれを奏でたという・・・

うん?でも確か君は音楽の話には興味がないんだったよね・・・そうだろ。でもちょっといいかい?こんな感じなんだ・・・

四度の和音があって、それから五度の和音が続く、
短調で気分は沈むけど長調でまた浮き上がる───

迷える羊飼いの男ダビデ。そう彼は「秘密の和音」を使って曲を作ったというんだ。主をほめたたえよ。ハレルヤ!って具合にね。

~拙抄訳~
"Hallelujah" Lyrics by LEONARD COHEN (1984)

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夜長月になるのか、はたまた寝覚月か・・・
ともかく巡り巡って9月になりました。
拙ブログ───今後も宜しくお願いします。

by gkz

8/07/2011

Farewell...


録音された自分の声について違和感を覚えない人はいないだろう。普段の自分の声と違い、それは甲高く軽薄でぼんやりとしたまるで芯のない音に聞こえる。納得いかずにまわりの人に確かめたとしてもいつも通りだよと膠も無く返答されるはずだ。芯のない声、その秘密は骨を伝わる「骨導音」の欠如にあるといわれる。

骨導音とは声帯の振動が頭蓋骨を伝わって内耳に響いている音だ。一方、空気中を伝わる音声は気導音と呼ばれる。発声時において自分だけが骨導音と気導音の両方を聞いていて、他人は気導音だけを聞いている。認識の質が違うのだ。

録音された自分の声を聞いて心底から満足そうにした人に僕はかつて出会ったことがない。声を仕事にしているアナウンサーやナレーター、或いは俳優や声優といった方々は、きっと何度も自己嫌悪に陥りながら訓練するのだろう。それこそ録音された声が自身でも自然に馴染むように日々研鑽を重ねて、声のプロフェッショナルとしてキャリアを確立したに違いない。

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そして音楽の世界───唯一、自分の声が楽器である歌手もまた同じことに直面して悩むのだ。録音された自分の声。他の人は自然に聞こえるのに自分だけが違うように録音されている。この事柄について、浅川マキさんの著作『幻の男たち』にこんな記述がある───

”馴れればいいのよ。と、だが、言葉にはしない。そして、ほんとうはわたし自身二十年近く経ったいまでも、録音された自分の声に馴染めないでいるのだからと思う。たまにだが、良い声だと自覚しながら話したり唄ったりするひとに出会うと、わたしはどうやら好きになれない。”

と自身の見解を述べた後、好きな声について、あるひとりの俳優について話を始める。マキさん曰く「それは低く響きのある声」───原田芳雄さんについての話である。

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俳優、原田芳雄と言えば、黒木和雄監督の『竜馬暗殺』(1974)では体制に反逆する竜馬を獣の如く演じ、鈴木清順監督『ツィゴイネルワイゼン』(1980)においては、無頼派と言えばよいのだろうか……放浪し彷徨い続ける男を演じていた。いずれも忘れ難い名演だ。

上記ATG作品以外にも原子力発電所施設への無許可撮影を敢行したという『原子力戦争』(1978)がある。僕は未見なのだが・・・現在、巷で話題に挙げられている作品だ。原作は田原総一郎。

音楽について書き記すならば、”横浜ホンキー・トンク・ブルース”での歌唱といいブルース歌手としての活動については、いわゆる俳優の「お仕事」の一環で歌ってるなどという枠を完全に超えている。他にも”鏡の中のMAGICIAN”や”原田芳雄のこもりうた”等、名曲がある。

個人的には松田優作が作詞を担当した”川向こうのラスト・デイ”が一番印象に残っている。その放送禁止的な内容にも関わらず、刹那的な美しさに酔い、憑かれ、そして刹那に牽かれる魂そのものを歌った曲であると思ってる。
と、原田さんについては、まだまだ僕は書きたいことがたくさんある・・・が、ひとまず浅川マキと原田芳雄、二人が舞台で競演した夜について、長文で申し訳ないが、ここでマキさんの本から引用して今回は終りにしたい───

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にぎわい

客席は思いがけない俳優の原田芳雄さんの登場にどよめく。原田さんは片手でギターをわしづかみに、ぬそっと現れた。大歓声の中で原田さんはサングラスを取ることもなくてギターをかき鳴らして唄う。わたしはステージの後方のドラムをセットしたヤマ台に腰を下ろしている。原田さんは正面からの強いピン・スポットを受けているので、わたしからは黒い影にしか見えないのだが、その輪郭だけは細く白い絹の糸のように光った。

舞台は薄暗くて、いっぱいに並んだ楽器の他は、原田さんとわたしのふたりだけだ。わたしにはぼんやりとした灯りが当たっている。少し背を曲げて喫うわたしの煙草の火はときどき強い光を放ってたち昇るけむりと一緒に客席からは鮮明に見えてる筈だ。それが唄っている原田さんの似合った背景になっているかも知れない。
 
原田さんは数曲唄い終えたとき、こっちを振り返った。すると視界に入っているのだが、わたしは直接に見返したりはしない。それは原田さんが唄っているあいだ中も同じである。
 
原田さんはちょっと間合いをおいて言った。
「まだ、唄ってもいいのかしら」
  
わたしは、相変わらず煙草を喫っている。その目線は客席を見るでもなく、足許に落ちているのでもない。原田さんは、今度は顔を俯き加減に少し傾けるとわたしの方を覗き込んでいる。ながいことそうしている。
 
原田芳雄さんに来て欲しいと言ったのはわたしである。映像のなかの原田さんしか知らないわたしは人伝に出演を依頼した。あの男はどんなうたを唄うのだろうと思ったからだ。原田さんが唄うなら、それだけでいい、と思う。まして、ギターを弾けるなど考えもしなかった。そして今夜、なんの打ち合わせもしないで、いま、舞台の上ではじめて出会った。それなのに、わたしは優しさのひとかけらも無い、そう思ってもなにも言わず微動だにしない。
 
原田さんの戸惑いは瞬時に奥深いところにまで伝わった。客席は鎮まり返る。しばらくするとあちらこちらで低く笑う。それはこれまでに聞いたどんな声よりも低く響いて来た。原田さんは怒って、このまま舞台を下りて行ってしまうのだろうか。そのことをいまはわたし以上に客席の誰もがわくわくして見守っているように思える。
 
原田さんは、ギターをポロンと鳴らしてから、ふっと笑ったと思う。
「それじゃ、あと一曲唄わせてもらいます」
大歓声が上がった。

「リンゴ追分」と云う知られた曲のなかに原田さんの通過した世相と、ちょっぴり心情も加えて唄い終えると彼ははじめて椅子から立ち上がると去って行った。素足にインド風のそうり、いや、雪駄かも知れない。ジーンズにざっくりとした綿のシャツの長い袖を少しめくり上げていた。


浅川マキ著『幻の男たち』1985年講談社より引用

追記
この夏は色々な方が亡くなる
連日ニュースで知る度に本当に寂しく感じる

山中さんについての過去エントリーをここに記する事をお許し願いたい

※ 『 人間の証明 / Proof of The Man 』 (1977)~恩寵なる人証~

7/10/2011

In roman history,
the final years of the Edo period.



七月某日 散文

先日、珍しく部屋でTVをつけた。一人暮らしだと食事の時は特に雰囲気が味気無いので、音楽は勿論、僕はよくラジオを聴いたりするのだが……、その時はたまたまTVだった。ちょっと脳を緩くしたい、カッコよく言えば思考の方向転換でもしたかったのだと思う。

それにしてもケーブルTVは通販の番組だらけだ。そういえばデジタル放送になって画質が綺麗になったのは良いが、リモコンの配置が変わってしまっていて困る……。

それでNHKのBSだか何かだったと思う、幕末をテーマにしたドキュメントを放送していた。そこには「会津藩が外国と同盟を画策」───とあった。ふうん。薩長がイギリスで幕府サイドにはフランスが肩入れしてたんだっけ?その話かな?と思っていたらこれが違っていたのだ。


Aizu Domain - Königreich Preußen Alliance

同盟の相手は「鉄血宰相」と呼ばれたビスマルク (Otto von Bismarck) のプロイセン王国(のちのドイツ帝国)だという。事実としてプロイセン側は大量の銃を会津に補給して軍事支援を行っていたのだ。のみならず、蝦夷地(北海道)の租借・割譲にまで話は進展していた───というから僕は少し驚いた。

野心と策略を弄する会津藩士!?今まで歴史の教科書やその類い、漫画やドラマや映画、あるいは司馬遼太郎先生の本にはそんなふうには書いてなかったと思う。

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幕末期という物語の造型上において───会津藩といえば新撰組と見廻組の元締め───9代目藩主の松平容保が率いる京都守護職のケルベロスな番犬「治安維持部隊」的イメージと、どこまでも義に殉ずる奥羽列藩同盟と白虎隊に代表される頑固で保守的な武士像を思い浮かべるものだ。

彼等は劣勢に回り、敗色濃厚な気配と絶望の淵に立たされても、士道不覚悟を許さず、保身の類いなどには一切の関心を示さず、ただひたすら戦いとその先に待ち受ける運命を静かに受け入れるのだ・・・と、そう僕は勝手に思っていた。

時代劇と史実とは違うものであるという当たり前の事に気づかされる。


そうか……確かに。現代も解らない事だらけなのだから遠い昔の事などそうそう判断つかないだろう。簡単に分からないだろう。それに史実が本当に事実であるとも限らないだろうし・・・そういえば「歴史とは=勝者の歴史」だとよく云われる。「敗者には何もくれてやるな」とも・・・これは丹下段平の台詞か。

それはそうと歴史とは時代の大きなうねりの中で生き残った側の人間が、正当性を主張する為に自分たちに都合良く事実を解釈して「正しい物語」を押し付けるとでも言えるだろうか。政治的にもよくあることだろう。

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例えば日本は太平洋戦争を境にして、戦前と戦後とではっきりと価値観が断絶している。大東亜共栄圏・五族協和・八紘一宇と日米安全保障条約・憲法9条・人間宣言、皇国史観と自虐史観、正成と尊氏は勤皇と朝敵であり云々...事実や真実とは別に歴史とは要するに社会的に要請された認識であり、思想である。限定的な価値観でしかないのだろうか・・・

と、ここまで書いてふと気づいた。僕は一体?何を書いているんだろう───あ、そう。幕末における会津藩とプロイセン王国の同盟は何故頓挫したのか?その事について書きたかった。そこからある作曲家について強引に繋げようと思っていた。その話はいずれまた・・・

by gkz


6/30/2011

ラ・ボエーム / La bohême

ラ・ボエーム

パリのセーヌ川沿いにあるシャトレ座にて
上演された貧しい画学生を題材にしたオペレッタ
『ムッシュ・カルナヴァル』(1965年)の主題歌。
ジャック・プラントが作詞、シャルル・アズナヴール
が作曲したというシャンソンの名曲である。

シャルル・アズナヴール

アルメニア系移民だったシャルル・アズナヴールは
七歳で初舞台を踏み、その後は歌や芝居の修行に明け
暮れる日々・・・、そんな青春時代を過ごしたようである。
エデッィト・ピアフに才能を認められて最初は作詞家として、
次にソロ歌手として世間に名が知られるようになったという。

ピエール・ロッシュやフローランス・ヴェラン、ジョルジュ・
ガルヴァレンツ、フランソワーズ・ドラン ロベール・ギャル
それにジルベール・ベコー・・・多くの作曲家・作詞家とコンビ
を組んでは次々と作品を発表した。とても精力的な人だ。

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「 私はポエジーのない歌は嫌いです。歌というものは
その内容が何かひとつ大切なことを述べていなければならない
と思います。さもなければ存在する意義がありません 」

" Charles Aznavour max20 " Barclay France - King Record (1971)解説より

俳優としてのキャリアでは1979年ギュンター・グラス原作の
『ブリキの太鼓/Die Blechtrommel』での演技が強く記憶に
残っている。個性的な俳優陣の中においても異質な存在感があった。


La bohême

あの頃 二人とも貧乏だった
僕は画家になる夢を抱いていた

よく 君をモデルにしては
その美しい胸や腰の輪郭を
夢中でデッサンしたものだ

何かに憑かれたように 
キャンバスに描き続けて
夜を明かすこともあった

いつでも二人は一緒にいて
夢を信じて止まなかった

芸術に憧れて哲学に酔う
そんな自由の香りに満ちた
空気がパリには漂っていた

あの頃 僕たちは同じ時代
同じ空気を吸って生きていた

今は跡形もなくなったアトリエ
消え去ったのは時代だろうか? 
夢だろうか?それとも・・・

paroles: Jacques Plante / musique: Charles Aznavour (1965) ♪
~拙抄訳~


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by gkz

6/12/2011

音楽の日 2011 / Fête De La Musique


【 音楽の日 2011 / Fête de la musique 】

かのシェイクスピアの戯曲『真夏の夜の夢
/ A Midsummer Night's Dream 』
──森の妖精たちが集う不思議な一夜
────夏至の日を舞台にした作品だ。

ずいぶん前にフランスの”沈黙の詩人”
マルセル・マルソーにマイムを学んだという
リンゼイ・ケンプ版の映画『真夏の夜の夢』
を観た事がある。。その自由自在に変化する
演技には圧倒されたものだ。いずれブログに
何か書くかも知れない。それはそうと・・・

もうすぐ夏至を迎えようとしている。

::

フランスでは夏至の日に音楽祭があるという。
ホールから道端に至るまで、それこそ音楽の
妖精が集うが如く……街角のありとあらゆる
場所で一日中、プロ・アマを問わず無料で
コンサートが開かれて皆で楽しむそうだ。

東京でも関連イベントが幾つかあるのだが、
その中からひとつ───

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音楽の日 2011 / Fête de la musique

2011年06月19日 (日)
12時00分 - 23時30分 (入場無料)

東京日仏学院
〒162-8415 東京都新宿区市谷船河原町15 
(JR・地下鉄 飯田橋駅より徒歩7分)

Tel:03-5206-2500



2011年6月19日(日)────
飯田橋にある東京日仏学院にて ”音楽の日 2011
/ Fête de la Musique ” が開催される。日仏学院は
フランス政府の公式機関だからわりと本格的なイベント
なのだろう。知人の話では恒例行事だと聞くが…。

Fête de la Musique (フェット・ド・ラ・ミュージック)
とは「音楽はすべての人のもの」という趣旨に則った、
ジャンル、プロ・アマを問わない音楽家によるライブ・
コンサートということだ。今年の東京日仏学院のメイン
ゲストはエレクトロ・ワールド・ミュージックのDj Clickだという。

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さて、当日は拙ブログのメンバーが演奏を披露する。
この場を借りて告知させて頂きたい。

by gkz

5/30/2011

ぞうのババール / L'histoire De Babar


【 L'Histoire de Babar, le petit éléphant 】

” おおきなもりの くにで 
ちいさな ぞうが うまれた
なまえは ババール

かあさんは このこが かわいくてたまらない
ゆりかご ゆらゆら はなでゆすって 
ねんねん こもりうたを くちずさみながら
やさしく ねかしつけて やるのだった ”


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~ Histoire de Babar par Jean de Brunhoff (1939) ~
『 ぞうのババール 』 ジャン・ド・ブリュノフ作 / 矢川澄子 訳 評論社 (1987)

【 読み聞かせる物語─Read the story aloud 】

伝え聞いた話だが…とある心理学者によると、物事について
”順”を追って述べること──つまり叙述文で物語やストーリーを
語って行くことは人間の知性の発達にとりわけ重要だという。

特に顕著なのは幼い人間だ。この頃の人間は自分が体験していく
現実と出来事を丸々、順を追って語ったりする。まずはそうやって
世界を理解して行くのだ。多分自分もそうだったと記憶するが……

遥か昔──、本やコンピュータが想像すらされなかった時代に
あっても吟遊詩人やストーリーテラーの語り手たちは熱心な
聞き手たちを得ていたと云うから…… たとえいつの時代であれ
物語ること、或いは良く出来たストーリーを聞いたりするのは
人間にとって普遍的な欲求であり、抗い難い魅力があるのだろう。

::

ジャン・ド・ブリュノフ作『ぞうのババール』は主人公の象が
森で母を失って独りぼっちになった後、町へ出て人間たちと出会い、
そこで様々な経験をして、やがて元の森に帰って象の王になるという
物語である。鹿やライオンが主人公の他作品への影響やその類似性
……これについては今回は言及するのは止めておこうと思う。

【音楽と朗読─Music and Readings】

この、『ぞうのババール』に音楽をつけている作曲家がいる。
20世紀前半のフランス6人組と云われる作曲家集団の一人
であり、原作者のジャン・ド・ブリュノフとは親しい知人であった
フランシス・プーランク Francis Jean Marcel Poulenc という人である。
第二次大戦中に彼はいとこの子供たちにせがまれて、この
絵本に音楽をつけ始め、1945年頃に完成したと云われる。
後に録音されて音源となった中から幾つか紹介したいと思う。

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Jean Marc Luisada and Jeanne Moreau『サティ,プーランク』 POCG-1858
ジャンヌ・モロー(語り)ジャン=マルク・ルイサダ(p)

1994年にパリで録音されたジャンヌ・モロー版ぞうのババールは
彼女自身の圧倒的な存在感が際立った28分間に仕上がっている。

ジャンヌ・モロー──『死刑台のエレベーター』、『突然炎のごとく』、
『雨のしのび逢い』、ルイ・マル、フランソワ・トリュフォー、
ミケランジェロ・アントニオーニ、etc...、いわずもがな、
ヌーヴェルヴァーグを、そして映画界を代表する大女優である。
たとえ仏語が分からなくても情感は十分に理解出来るだろう。
彼女はマルグリット・デュラス原作、ジャン=ジャック・アノー監督の
映画『愛人/ラマン』(1992)でもナレーションを担当している。

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Kiyoshiro Imawano and Aki Takahashi and Sumiko Yagawa『プーランク/ぞうのババール』 TOCE-6030
忌野清志郎(語り)高橋アキ(p)

こちらは絵本の訳者である矢川澄子氏の立会いの中で
録音された作品である。語り手は忌野清志郎。
とてもシャイな感じで誠実な印象だ。1989年東芝EMIから発売。

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Kyoko Kishida and Izumi Tateno『音楽と物語の世界』 OVSL-00017
岸田 今日子(語り)舘野 泉(p)

日本で朗読といえば森繁久彌とこの方だろうか? 
女優 ─── 岸田今日子、

僕にとっては『傷だらけの天使』のイメージが強く残っているが……
2001年の横浜みなとみらいホールでの録音とある(ライブなのかは不明)。
それにしても馴染みのある声で語られるととても安心することが出来る。

”ゆりかご ゆらゆら はなでゆすって 
ねんねん こもりうたを くちずさみながら
やさしく ねかしつけて やるのだった ”


不思議だ。何だか布団にもぐりこんで横になりたい気分になる・・・

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by gkz

4/24/2011

YOSHI WADA / Off the Wall


いつのまにか季節はめぐり、気がつけば桜も散った。
今年はいつにもまして呆然の間に見終わった感がある。
太陽の光を浴びて鮮やかな新緑の葉が揺れている。
風が頬を撫でるように通り抜けていく…嘘みたいに爽やかだ。

もはやニュースや報道から発せられる情報──それがもたらす
非情なまでの事実に僕は驚愕し、不安に怯え、それこそ齧りつく
ように注視していた、あの状況からは脱しつつあるだろうか。

今では復興を願う思いが様々なかたちとなって目に見え、耳に
聞こえてくる。また、一方で不満や責任を問う声、課題や懸念
などもはっきりと聞こえてくるようになった。いずれにせよ、
次のステップ・段階へと震災後の世の中は進んで行くのだろう。

::

拙ブログの更新が滞りがちだ…。

楽器や楽譜、ときに好みの本や映画を勝手気ままに紹介して、
音楽に纏わるよもやま話をするのが拙ブログのテーマである
から、ざっと言えば趣味の同人誌みたいなものだろう。
個人的には硬派なブログだと思っているが…。

それでも今回の震災という本当にシリアスな出来事に際しては、
自分はあまりにも無力だ。そう実感した。何か書かなくてはと
考えた挙句に、ふと、911の後のニューヨークを舞台にした
一本の映画の事を思い出した──『25時』──。

デイヴィッド・ベニオフ原作、監督はスパイク・リー。
スパイク・リー作品は以前にも拙レビューで取り上げた事がある
NY市の消防士にはアイルランド系が多かったからだろう、
改めて観るとバグパイプがふんだんに使われていた事に気づく…。
(この映画についてはまた改めて取り上げようと思う)

::

YOSHI WADA / Off the WallFree Music Production (SAJ-49) LP 1984  ♪ ♪♪ @ UbuWeb 

そういえば…ちょっと前、あのニュースや報道から発せられる情報と
それがもたらす非情なまでの事実に驚愕し、不安に怯え、それこそ
齧りつくように注視してた頃──、僕は偶然にもたまたまネット上で
見つけた現代音楽家の作品をよく聴いていた。それは、ヨシ・ワダ──
日本人の音楽家で、ちょうど彼の作品にもバグパイプが使われていた。

ヨシ・ワダ (Yoshi Wada)
和田義正─1943年京都生まれ。1967年に京都市立芸術
大学彫刻科を卒業後ニューヨークに渡る。ベトナム反戦 
運動・ウッドストック・ヒッピー文化・ニューエイジなど、  
カウンターカルチャーの影響を受けて、パフォーマンスや 
コンサートといったフルクサス*1とその活動に没頭していく。
::
ラモンテ・ヤングやパンディット・プランナート、ジェームス・ 
マッキントッシュ(スコットランドのバグパイプ奏者)等と一緒に
音楽を学び、作曲やパフォーマンス、双方向性のサウンド・
インスタレーション*2や音響彫刻を制作した。作品はニューヨーク、
ベルリン、シドニー、ヴェニス、パリなど各地で展覧された。 


不明者の数、半径20~30キロ、屋内退避、燃料棒、シーベルト、
ベクレル、終日運休、計画停電、、、聞き慣れない単語や言葉に戸惑い
混乱する中…今思えば、ヨシ・ワダのバグパイプのどこまでも
絶え間なく持続する音色──既成のフォームから逸脱した音楽を
聴くことで、とりあえず僕は何も考えないようにしてたんだと思う・・・

::

by gkz




フルクサス (Fluxus) *1補足
ジョージ・マチューナス(George Maciunas)が主唱した前衛芸術運動。
1960年代にジョン・ケージの影響を受けた若手作曲家・若手美術家
たちが日常と芸術の垣根を壊し新しい表現ジャンルとして切り開いた。

インスタレーション (Installation art) *2補足
現代美術における表現手法・ジャンルの一つ。室内や屋外などにオブジェや
装置を置いて空間全体を作品として体験させる芸術。音響などを用いて
空間を構成する場合はサウンド・インスタレーションとも呼ばれる。

参照サイト
UbuWeb