8/09/2010

コノ旋律ニ戦慄セヨ…(夏的な意味で)


果てしなく長く、蒸し暑い夏の夜。
じっとりと澱んだ空気の中 貴方はふと目を覚ました。
ベッドの傍らに置いた携帯電話。ぼんやりとそれを見つめる。
…とその時、携帯は音もなく震え始め、着信を告げた。
見知らぬ番号。
普段は決して出ない貴方だが、その時は何故か出てみようと思い立った。

─────貴方は何も言わず、そっと受話器に耳を押し当ててみるが
プツプツ、ジージーという微細な電子音以外、何も聞こえない。
もういいや、切ろう…としたその刹那、貴方は音に気付く。
雑音の向こうから聞こえる幽かな音。誰かが、呟いている…
金属的な、押し殺した声。老人の様な、若い女の様な、見知らぬ言語のような…


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怪談とは、人の心の中にあるのか、人の心の外にあるのか。
ホラーか。ホラ話か…

今回のレビューは真夏の納涼企画として 《恐怖と音楽》 をテーマに、
このページを寄席に見立てて(意味は特に無し)お届けして参ります。
例によって例の如く、電気羊の独断と偏見に満ち満ちた内容ではありますが、そこは
どうか生温い目で見守って頂きたく…どうか暫くの間、お付き合い頂けます様。。。


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【前座見習い】

~白人ロック部門代表~

BLACK SABBATH  1st Album "Black Sabbath"

サバスは「聴く人に恐怖を与える」をコンセプトに作られた、HR/HM史上に残るバンドだ。
デビューアルバムも1970年2月、13日の金曜日にリリースするという念の入れ様だった。
その為か黒魔術や悪魔と度々結び付けて語られることも多く、ギタリストがツアーの最中に
狂信者によって楽屋で刃物を突きつけられたという事件もあったという。

動画・Black Sabbath "black Sabbath" original videoclip

恐ろしいのはアルバム・ジャケットの女の人だ。全くもって正視に堪えない。依ってこのレコードの
ジャケットは極力見ないように心を砕いている。レコードラックのどの辺りにあるか判っているし、
未だにその近辺のレコードを探す時は裏ジャケ側からしかレコードを探さない。余りに怖いので、
ジャケ写を載せる事は今回割愛させていただく(代わりに当時のメンバー写真をどうぞ)。

…しかし電気羊はキリスト教徒ではない為、肝心の悪魔的タブーの怖さを全く感じないのがタマに瑕。
動画を改めて観ても、当時からぽってりしていたオジーの頬に 一種のほのぼの感さえ感じる…
・Vo.以外のメンバーの見分けがつかない度★★★★★★★★ 
・肝心の音楽よりジャケ写の方が断然怖い度★★★★★★★★


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【前座】
~クラシック部門代表~

武満徹「怪談」 ・ Béla Bartók「弦楽器、打楽器、チェレスタのための音楽」

村上春樹は『現代音楽はどれも恐怖映画のサントラにしか聞こえない』と言ったそうだが、
果たして本当にそうなのかどうか。ここでは和・洋画から1曲づつ選んでみようと思う。

小林正樹監督は「切腹」の監督、と言えば判る方も多いと思う。また武満徹はクラシック音楽に
馴染みの無い方でも黒澤監督作品の音楽で何度か耳にされている事と思う。それにしても何て
豪華な出演陣。。  一方「シャイニング」でのバルトークの「弦楽器、打楽器、チェレスタの
ための音楽」は、紹介したタイプライター・シークエンス以外でもで使用されている。

動画・映画「怪談」予告編  監督:小林正樹
動画・映画「シャイニング」予告編 監督:スタンリー・キューブリック
動画・タイプライター・シークエンス①
動画・タイプライター・シークエンス②

近現代の音楽が何故恐ろしく聴こえるのだろう。普段皆が慣れ親しんでいる《調性》や《拍子》
といった概念を超えて作られている為だろうか。突如として鳴り響く音や、奇異な印象を与える
音列、またクラシックの特徴の一つでもある音量のダイナミックレンジの広さ云々といったものは
普段それらを聞かない者にとってはそれだけでストレスフルなのかも知れない、とも思う。

また「シャイニング」を聴覚優位によって面白可笑しくしたMAD作品がYoutubeで数多く閲覧
されているが、実は元の映画そのものが《聴覚優位》をふんだんに使って作られている事に注目
して頂きたいと思う。風光明媚な山間部、クラシカルで美しいホテル。普通は寛ぎを演出する筈の
ロケーションにも係らず、キューブリックは殆どの箇所でクラシック近現代の音楽を盛り込み、
結果、格段に恐ろしい物語の舞台に変容させてしまった。
・村上春樹の言ったことは正しかった度★★★★★★★

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【二つ目】
~ジャズ部門代表~
Patty Waters
パティー・ウォーターズは1966年に出現したフリー・ジャズのヴォーカリストだ。オノ・ヨーコに
多大な影響を与えたととも云われる彼女のヴォーカル・スタイルは当時も今も衝撃的である。この声が
神々しく聞こえるか、はたまた身の毛もよだつ悲鳴に聞こえるのか…は貴方の感性に任せたいと
思うが、彼女の前衛的な試みは 初めてその声を聴く者を凍りつかせることは間違い無いと思う。

動画・Patty Waters  "Wild Is The Wind (1966)"

最初は普通に聴ける(と言うかかなり心地よい)のだが、途中から電気羊的にはワケも無く
「ゴメンナサイ、ゴメンナサイ、モウ許シテ下サイ…」と思わず謝ってしまいたくなるような
気分にさせられる。彼女の声はYoutube上で幾つか見つけることが出来るが、今回は
サービスカット付(?)で("Coming Apart"1968)。

いくらマスコミがが"女子ジャズが今キテる"と触れ回っていても、ジャズビギナーの女の子に
彼女のアルバムを貸すのはお勧めしない。自称不思議ちゃんでもない限り、きっと不幸な結末に…
・怖い、と言うより 不条理度★★★★★★★★★★  
・最前列でライブを見たくない度★★★★★★★★★


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【色物】
~ソウル部門代表~
Ray Parker Jr. "Ghostbusters"

さて、落語を演っている寄席には「色物」はつき物。ここでホッと一息ついて頂きたく思う
(特に【二つ目】で脱落者しそうな方の為に…)。しかし考えてみると、数とあるソウルの
楽曲の中から今回のテーマで絞り込もうとすると、何故だか殆ど無いことに改めて気付いた。

動画・Ray Parker Jr.   "Ghostbusters"

「ユーレイ何か怖くない♪」と霊…いや、レイ・パーカーJr.が半透明になりながら
歌い続ける。そして何という神出鬼没!窃視マニアか!女の子が寝るベッドの下からも!
その上スリラーやらビート・イットの振り付けを…恐ろしい!Who you gonna coll!
・この曲がメガ・ヒットしたせいでRay Parker.Jrは一生この曲を歌う羽目に
なっちゃったんじゃないか??と心配する度★★★★★★★★★★★★
・何故P.フォーク等大物俳優が出ているのか?度★★★★★★★★★★


~長くなってしまったが、あと少しだけ。次はいよいよトリである。~

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【真打】
~無差別総合部門~

Rosemary Brown "A Musical Seance" (LP Philips PHS 900-256)

1976年、オランダに於いてベートーヴェン交響曲第10番の演奏会が行われた。しかし、
ベートーヴェンは第9番迄しか作曲していない。それなのに何故、楽譜が存在し得たのか。
その訳が、今回このアルバムが栄えある大トリを勤めることになった所以である。

ジャケ写も何やら意味深だが、まずはこの言葉から説明したいと思う。
自動書記━━━━━━━━━あたかも、何か別の存在に憑依されて肉体を支配されているかのように、
自分の意識とは無関係に動作を行ってしまう現象などを指すのだという。近代心霊学が隆興した頃に
イギリスで名付けられた。らしい。英語表記はAutomatic writing(オートマティック ライティング)。

そう、前述の演奏会のスコアもこのアルバムのスコアも、全て"自動書記"に依るものなのだ。
英語圏の様々な怪しげなサイトに記載されている話を要約すると、こんな事が書かれていた。

①ロンドン在住の一主婦であったローズマリー・ブラウンがある日怪我の療養の為に家にいた時、
 暇に任せてピアノの前に座るとリストらしき男性が現れてピアノを教えてくれた!以来彼女は
 霊感の命じるままに、殆ど弾けない筈のピアノを弾き始めるようになった!


②リスト(らしき男性)は、彼女を指図したがっていた多くの有名な作曲家にブラウンを紹介した!
 バッハ、ブラームス、ショパン、ドビュッシー、モーツアルト、ラフマニノフ、シューベルト…

③ローズマリーの書き取った曲は、音楽教育家のファース夫妻によって分析され、それらの曲は
 いずれも、かの作曲家が生前残した曲に違いないと断定出来るだけの特徴として、タッチや
 ルバートの調子が、明らかに19世紀風である事が判明した!

④ローズマリーのこうした体験は次第に評判になり、遂には英BBC放送が彼女の特別番組を放送。
 ローズマリーは霊媒音楽家として一躍有名なった!その後も彼女は、霊の自動書記によって
 授かった曲を10年間に400曲余り作曲し、1980年代にはフィリップレコードから
 『ローズマリー・ブラウンの霊感』というレコードも発売された…


動画・Rosemary Brown

①~③の真偽はともかくとして、この話の恐ろしいポイントは、彼女を取り巻く環境や人々だ。
この話を信じて止まない人も怖いし、この主婦を利用して一儲けを企むオトナの事情も怖い。
こうなってくると何もかもが恐ろしくなってくる。この動画がコピーを重ねたらしくボヤけ
まくっているのも恐ろしいし、未だに高値でこのレコードが取引されているのも恐ろしい…
何が何だか解らないが恐ろしい!ヒイイィィ!度★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★

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終わりに

それはある時、一部の人々を困惑させ、不安をかきたて、
挑発し続ける物なのかも知れない。

ありふれた日常に見知らぬものがそこへ入り込んだ瞬間、
恐怖への扉が音も無く開かれるのかも知れない。

何処までが《正常》なのか、何処からが《異常》なのか。
また誰が《正気》で誰が《狂気》なのか…

《恐怖》という感情は常に灰色の曖昧な状態のまま、
正常と異常、正気と狂気の狭間に横たわっている。

オマケ・閲覧有り難う御座いました。