9/19/2010

映画で語られる ” クララ・シューマン / Clara Schumann ”


【 クララのピアノ 】

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温度調節された館内は八月にも関わらず、そこだけひんやりとしていた。外は日差しが
照りつける盛夏。 先程から博物館の職員が歩きながら楽器の説明をしてくれている。
職員はやがて一台のピアノの前に立つと僕たちにこう言った。澄んだ彼女の声が響く。

「 ・・・と、こちらのピアノは貴重なピアノで ・・・ 」。
── それは透かし彫りの譜面台と装飾が施された、木目の質感が美しいピアノだった。
クララ・シューマンが使用したと云われるピアノ。それが此処、江古田にある音大の
施設にあるというのだ。 説明によると … 晩年の頃のクララに献呈された物という。

「 どんな音がするんですかね? 」
おもむろに僕がそう訊ねると、彼女は説明を一旦止め、木目のピアノの前に座る。
そしてゆっくりと” トロイメライ ”を弾き始めた ────

~ Interplay ~Ⅴ~楽器の変遷は時代と共に… ※見学メモより ~

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~ Clara Schumann (1819~1896) ~【 Traumerei 】

トロイメライ── 夢。 ドイツ・ロマン派の作曲家ロベルト・シューマンによる作品
『子供の情景』からの有名なピアノ曲である。クラシック音楽の知識が有るわけでもない
僕でも、聴けばすぐにそれと分かる。 童心を懐かしむような優しい雰囲気の曲だ。

不遇な作曲家だったと云われるシューマン。生前、その作品が世に認めてもらえなかったこと、
思うように行かない…病気のこと。そんな彼を支えたのがクララ・シューマン夫人である。

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【 Clara Josephine Wieck-Schumann 】

クララは音楽教師であった父から英才教育を受け、幼い頃から天才ピアニストとして
注目された。十代で当時のオーストリア皇帝から王室皇室内楽奏者なる称号を贈与された
程であり、ロマン派音楽の中心として認められ活躍した演奏家である ── と伝記にはある。

演奏家の場合・・・今日ではその演奏を実際に確かめる術は無い。
ヴァイオリニストのパガニーニの場合と同じく想像するしかないだろう。 ただし、
彼女を称える人々の中にはリストを始めとしてショパンやメンデルスゾーン、そして
ヨハネス・ブラームス … と錚々たる楽聖たちの名前が並んでいる。 だからクララ・
シューマンが歴史上の伝説の名ピアニストであるといっても差し支えはないと思う。

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~ Nastassja Kinski - Frühlingssinfonie (1983) ~【 Friedrich Wieck 】

このようにクララは若くしてピアニストとしての才能を認められた。何せ皇帝も認めた天才少女だ。
聴衆が彼女を求める声、演奏の依頼は後を絶たない。父フリードリヒは娘を第二のモーツァルトとして
売り込もうと目論んだという … 。こうして彼女はヨーロッパ中を演奏して回ることになる。

こうなると音楽教師の父親も所謂ステージママ(パパ?)に他ならないだろう。売れっ子ピアニストと
マネージャーの関係だ。やがて密接な親子の関係にも次第に確執が生まれる。少女クララの心にも
芸術家としての自我や独立心が芽生える。さらに、父の弟子の内の一人の青年の存在が関係性に大いに
複雑さを増すことになる。 それがロベルト・シューマンとの出会いだ。

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【 Clara on films 】

クララ・シューマンの人生は何かと話の種が豊富なのだろう。出だしの少女期からして興味を引く。
娘として妻として、また8人の子を持つ母親として紆余曲折を経て辿り着いた先に待ち受ける運命・・・
そして晩年に至っても音楽家として ── 否、ひとりの女性としての信念が試される。まるで大河ドラマの
ようだ(良い意味で)。彼女の生涯は題材として戯曲化されてTV作品や映画作品が数多く制作されている。
以下、いくつか簡単に紹介してみよう──、

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~ Martina Gedeck - Geliebte Clara (2008) ~
『 哀愁のトロイメライ / Fruhlingssinfonie 』(1983) 《※二つめの画像》
ナスターシャ・キンスキー主演。少女クララが結婚するまで~天才ピアニストしての姿を
描いている。若々しく麗しいヒロインとそれを取り巻く野心家たち…といった映画だ。

尚、同じように天才音楽家を描いた作品に、ナスターシャの父クラウス・キンスキーが
監督・脚本・主演した『 パガニーニ (1989) 』 と言う怪作もある。(娘に対抗した
のだろうか?)クラウス・キンスキーの狂気に犯されたパガニーニがトラウマものだ。

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次いで、『 クララ・シューマン愛の協奏曲 / Geliebte Clara 』(2008) 《※上の画像》
『善き人のためのソナタ(2006)』など、近年活躍目覚しいマルティナ・ゲデック主演。
この人が演ずるクララはとても自然体だ。 夫ロベルトがデュッセルドルフの音楽監督に
招かれ病床に臥すまで ・・・  そのあたりの結婚生活を描いた作品だ。

思慮深く構成された映像と押さえた演技が印象に残る。そういう演出だからなの
だろうか … 物語舞台は19世紀の筈なのだが、とても今日的な現代的な感覚で
観る事が出来る作品だ。ここでは夫ロベルトの病気についても随分と掘り下げられている。

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最後に、キャサリン・ヘプバーン主演の 『 愛の調べ / Song of Love 』(1947) 《※下の画像》
クララの結婚から晩年までを描いている。MGMの古いモノクロ映画である … 個人的な
見解だが、おそらく数あるクララ・シューマンの伝記物語の原型といったものは、この映画で
既に完成されていると思う。構成・演技・演出、そのどれもが高い仕上がりだと言えよう。
ピアノの当て振りは20世紀を代表するアルトゥール・ルービンシュタインが弾いている。


~ Katharine Hepburn - Song of Love (1947) ~【 Muse - Goddess of Art 】

時代を超えて女優たちに演じられるクララ・シューマン。
そのどれもが立場が変化しても変わることのない精神的な気高さ、
或いは気品と物腰。芯の強さを具現化しようとするかのように僕には思える。
人々が求めるクララ・シューマン像とは、芸術を司るミューズ──ある意味では
女神を崇拝する気持ちにも似ているのかも知れない。

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それにしても晩年になってもクララが最後まで弾き続けた”トロイメライ”──
彼女が終生持ち続けた信念とは夫シューマンの芸術性に対する畏怖だったのだろうか?

創造することとは僕には恐ろしく感じる。それは、人間の内面、
その奥に潜む言葉にならない心 ── 深い闇に覆われたその深淵を、
勇気を持って覗き込む行為に他ならない … そう思うからだ。

まるで奈落の底に脈打つ水脈を主意深く感知して、
何処かから湧き上がる源泉を見つけ出すかのようだ。
霊験あらたかなひと滴を己の身体に取り込み、
そして、芳醇させ、新たに提示することが出来た者だけを
多分、人は芸術家と呼ぶのだろうか ・・・ 。


gkz



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