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12/08/2011

北北西に進路を取れ Ⅴ
~ anayoru's recommend ~

此の所更新が滞っておりますが、申し訳ありません…皆様如何お過ごしでしょうか。
つい先頃、Janis Joplinを気取って丸メガネを新調したものの、二回りも年下の知人
「…のび太君?ですか?」と言われ少々凹んだ電気羊です。…さて、今回の
お勧め情報のテーマは【異形の者】2題───────





ロッキー・ホラー・ショー 上演


【公演日程】
2011年12月9日(金)~12月25日(日)
【脚本・作詞・作曲】
リチャード・オブライエン
【演出】
いのうえひでのり
【出演】
古田新太
岡本健一、笹本玲奈、中村倫也、右近健一、
グリフィス・ちか、辛源、ニーコ、飯野めぐみ、
生尾佳子、JuNGLE、皆本麻帆、ROLLY、藤木孝 他
【バンド】
岡崎 司(guitars) 福井ビン(bass) 岡部 亘(drums)
松崎雄一(keyboards) 松田信男(keyboards)

ロッキー・ホラー・ショー公式HP
日程・劇場等 詳細ページ

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さて、同タイトルの映画についてはgkz氏のエントリーが詳しいので是非参照を。
映画 ロッキー・ホラー・ショー / The Rocky Horror Picture Show


12/20/2010のエントリーより


1980年に公開された映画" Fame "の中で、主人公の内気な少女が
偶然訪れたN.Y.の映画館でロッキーホラーショウを体験し、周囲の
"ロッキー・マニア"達に触発され、それまで内に秘めていた自我を
始めて解放するというシーンがあった。今回は芝居だが、彼女の様に
自我の変容を体験する人が居るのか、どうか。

1980年公開映画" Fame "より 


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犬神家のスケキヨ弁当試作品発表!

推理作家・横溝正史(1902~81年)の名探偵・金田一耕助シリーズの一つ
「犬神家の一族」の登場人物をテーマにした「スケキヨ弁当」の試作品を30日
岡山県倉敷市のくらしき作陽大が発表した。横溝が戦中・戦後に約3年過ごした
同市真備町岡田の疎開宅で、没後30年の命日に当たる12月28日、関係者ら
を招いて試食する。(2011年12月2日08時41分 読売新聞より抜粋)



犬神佐清(すけきよ)の説明は今更だと思うので割愛するが、今回発表された
弁当では笠岡産のゆで卵に海苔で目を付けて表現したと云う。結構愛らしい…

弁当から2つ飛び出た茶色い物体は笠松産のシャコの天ぷら。これは
何と、湖面から突き出た死体の足を表したとか…またこの画像では良
く分からないが、倉敷産輪切りレンコンは骸骨を、高梁産のコンニャク
は墓標を意識して投入…という怪作、否、力作。




こんな弁当を見せられたら、…つい色々と妄想してしまうではないか!
「八つ墓弁当」ならヒジキの煮物(蝙蝠)を散らし、墓標は昆布じめだ。桜漬
は舞い散る桜吹雪…「獄門島弁当なら」カブとイナゴ(兜とキリギリス)で…
是非、商品化に成功してシリーズ化して頂きたい企画なのだが、どうなるか。


11/24/2011

北北西に進路を取れ
~ anayoru's recommend ~

今回はアルバム・ジャケットに関する四方山話と
これから開催されるイベントをひとつ

Photograph───その表層に宿るもの

写真とは単に光学化された情報伝達、意思疎通のメディアという側面だけでは収まりきらない何かがあると思う。撮影者の独自な視点や構図の意図は勿論のこと、その作家的思考やインスピレーションの発露は時間やジャンルを超えて多方面に影響をもたらしているのは明らかだ。音楽の世界も然り・・・

とは言え、写真について僕が詳しく知ってる訳ではない。技術的なことも大まかな作家の系譜すらもよく分からないのだが…。それはさておき、今回、アルバムのジャケットに使われた写真の中から幾つか簡単に紹介したい。アルバム・ジャケットを眺めるのは楽しいものだ。

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Bill Evans and Jim Hall - Undercurrent, Blue Note (1962)Toni Frissell
Weeki Wachee Springs, Florida (1947)

写真家トニ・フリッセル(フリーゼル)が撮った 『湖中の女、フロリダ』。湖に浮かぶ女性の姿が印象的だ。仄かな光の世界──暗い闇に飲み込まれながらも、どこかしら虔ましやかな雰囲気が漂っているように感ずる。知人に指摘されたことなのだが、この写真はミレイが描いた婦人像の絵画に大変に似ているそうだ。

そう言われて調べてみると、ジョン・エヴァレット・ミレイ(John Everett Millais - 19世紀のイギリスの画家。ラファエル前派の一員に数えられる) が描いた作品” オフィーリア ”(Ophelia,1851-52)と同じ雰囲気だ。ウィリアム・シェイクスピアの四大悲劇『ハムレット』第4幕7章の一場面がモチーフである。

其身は花もろともに、ひろがる裳裾にさゝへられ暫時はたゞよふ水の面。
最後の苦痛をも知らぬげに、人魚とやらか、水鳥か、歌ふ小唄の幾くさり、
そのうちに水が浸み、衣も重り、身も重って、歌聲もろとも沈みゃったといの。
~ウィリアム・シェイクスピア 『ハムレット』 坪内逍遥 訳 新樹社~


水には光の屈折、フォルムの歪み、色彩の変化、テクスチャーの同質化、影の抽象化など、写真表現の注意すべき要素が多くあると云われる。それらを念頭にトニ・フリッセルも”オフィーリア”を自分なりに表現したのだろう。因みにビル・エヴァンスのアルバムタイトルの”Undercurrent”とは底流の意味だ。

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Eddie Higgins Trio - Bewitched, Venus Records (2001)Jeanloup Sieff
Palm Beach (1964)

僕は前回のエントリーでフランソワ・トリュフォーの映画 『 アメリカの夜 / La Nuit Américaine』を取り上げた。その際に気がついた点がある。それは恋人同士のシーンによく見られるもので───どちらかが相手をしっかりと見据える。が、それは交互に起こり決して同時には見つめ合わないという、言うなれば近距離での”交錯する視線”があることだ。

おそらくは視線の動きで戸惑いと肉体的な接触の願望を表現しているのだろう。心理的に隠された欲望をごく自然に提喩するものだ。トリュフォーが拘る演出のひとつだと思う。

上記を踏まえて、写真家ジャンルー・シーフ (Jeanloup Sieff,1933年、パリ生まれ。 『VOGUE』 等で活躍)による作品を見て欲しい。

煙草に火を移そうとする男女───この写真は煙草をモチーフにしている。そして同じように”交錯する視線”で構成されている……と思うがどうだろう。そういえば今年の6月にはジャンルー・シーフのポートレート展が東京日仏学院で開催されていた。(注:リンク先三枚目画像)

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Chet Baker - Chet Baker Sings and Plays, Pacific Jazz (1955)William Claxton
Chet Baker Sings and Plays (1955)

次に、写真家ウィリアム・クラクストン(パシフィック・ジャズ・レコードの写真とデザインを担当)によるアルバム・ジャケット。このアルバムはティーンエイジャーの少女の部屋によく掛かっているようなクリップボードを真似てデザインが為されたと云われる。

そして少年時代にこのアルバムにインスピレーションを受けた男がいる。彼は写真家となって成功し、後にこのアルバムのアーティスト本人のドキュメンタリー映画を撮ることになる・・・興味があればこちらを御一読願いたい───チェット・ベイカーに魅せられた二人の写真家───レッツ・ゲット・ロスト / Let's Get Lost

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最後に、恵比寿にある東京都写真美術館で開催される
「日本の新進作家展 Vol.10」を紹介して終りにしたいと思う。

Contemporary Japanese Photography vol.10, December 10 (Sat) - January 29 (Sun) 2011left: Maiko Haruki
Either portrait or landscape 1A (2007)
right: Sohei Nishino
Rio de Janeiro (2011)

日本の新進作家展vol.10
写真の飛躍
会 期: 2011年12月10日 ( 土 ) ~ 2012年1月29日 ( 日 )

Contemporary Japanese Photography vol.10
elan photographic
Period: December 10 (Sat) - January 29 (Sun)

コンステラツィオーン(Konstellation)と言う単語がある。それは個人の精神世界や深層心理に関係するものだ。つまり困難な状況に直面したり重要な事柄に遭遇したときに、心の内的世界と呼応する外的世界の事物や事象が特定の配置を持って現れることをいう。布置とも呼ぶそうだ。

Photograph───表層に宿るものは何かと考えたとき、認識や感覚をより覚醒させてくれるのが写真だと思う。或いは、むしろ視覚そのものから得られる感覚と研ぎ澄まされた感性に純粋に触れてみることが大事なのかも知れない。

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by gkz