ラベル text by 【 電気羊 】 の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示
ラベル text by 【 電気羊 】 の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示

3/22/2012

Green Green Grass of Home ~故郷へ還る日~


思い出のグリーン・グラス(Green Green Grass of Home)という
1965年に作られたアメリカの曲がある。日本では森山良子が歌い、永く
愛唱歌として親しまれてきた。今回はその曲の歌詞を紹介したいと思う。

ますは、森山良子バージョンの歌詞(日本語詞:山上路夫)。
60代前後の方々に馴染みがあるのはこのバージョンだ。

────────────────────────

「思い出のグリーン・グラス」
汽車から降りたら 小さな駅で迎えてくれるママとパパ
手を振りながら呼ぶのは彼の姿なの
思い出のグリーン・グリーン・グラス・オブ・ホーム
帰った私を迎えてくれるの
思い出のグリーン・グリーン・グラス・オブ・ホーム

昔と同じの 我が家の姿 庭にそびえる 樫の木よ
子供のころに のぼった枝もそのままよ
思い出のグリーン・グリーン・グラス・オブ・ホーム

悲しい夢みて 泣いてた私 ひとり都会で迷ったの
生まれ故郷に立ったら 夢が覚めたのよ
思い出のグリーン・グリーン・グラス・オブ・ホーム
笑顔でだれも迎えてくれるの
思い出のグリーン・グリーン・グラス・オブ・ホーム





都市部の生活にちょっと疲れた女性が懐かしい我が家に帰り、
故郷を一層慈しむ、そんな仕上がりになっている。

────────────────────────

そして、この曲は本国ではトム・ジョーンズによって大ヒットになった。
彼が歌った歌詞は、作曲者カーリー・プットマン・ジュニア(Curly
Putman Jr.)が作った原詩と同じだ。(日本語訳は拙訳によるもの)


"Green Green Grass of Home"
The old hometown looks the same as I step down from the train
And there to meet me is my mama and papa
And down the road I look and there runs Mary hair of gold and lips like cherries
It's good to touch the green green grass of home

あの頃と変わらない俺の故郷
汽車を降りれば出迎えてくれる父と母がいる
金髪でサクランボの唇をしたメアリーが駆けて来る
故郷の緑に触れる素晴らしさよ

Yes they’ll all come to meet me arms areached smiling sweetly
It's so good to touch the green green grass of home

そうさ、全てのものが微笑みながら優しく両手を差し伸べて迎えてくれる
故郷の緑に触れる素晴らしさよ


The old house is still standing though the paint is cracked and dry
And there's that old oak tree that I used to play on
Down the lane I walk with my sweet Mary hair of gold and lips like cherries
It's good to touch the green green grass of home

干上がって皹はあるけれど古い家はまだちゃんと建っている
俺が遊んだあの古い樫の木もある
金髪でサクランボの唇をした愛しいメアリーと共に小路を歩くんだ
故郷の緑に触れる素晴らしさよ




────────────────────────

これを見ると森山良子バージョンは「俺」が「私」に変わり、
女性が歌うに相応しい仕上がりで何の問題も無いように見える。

しかし、この曲にはまだ続きがあるのだ────────

トム・ジョーンズ本人もは大抵は上記の2番までしか歌わ
なかったそうだが、最後まで歌うことは稀であったという。
それでは歌詞を最後まで記する事にする。

────────────────────────

…Then I awake and look around me at these four grey walls that surround me
And I realize that I was only dreaming
For there's a guard and there's that sad old padre arm in arm we'll walk at daybreak
And again I'll touch the green green grass of home

そして、俺は灰色の壁に囲まれて目覚め、辺りを見回す
そして気づくのだ 俺は夢を見ていただけなのだと
看守、そして年老いて悲しげな牧師が居る
夜が明ければ、腕を掴まれて歩んでゆくのだ
そして俺はもう一度故郷の緑に触れることになるのだ

(Yes,)They'll all come to see me in the shade of that old oak tree
As they lay me neath the green green grass of home

そうさ、全てのものが俺に逢いに来る、あの古い樫の木陰に
そして皆は俺を故郷の緑の下に横たえるのだろう

────────────────────────

彼は、朝には命を絶たれる死刑囚であった。そして1番と2番の
内容は彼が最後に見た儚い夢だった、という結末の曲であった。

◆ ◆ ◆ ◆ ◆

当時この曲がアメリカやイギリスで大ヒットとなった訳は「反戦」
「反死刑」というムーブメントのお陰だと云うが、時代を経た今は
よりシンプルで普遍的な「望郷の念」といったものを感じる。

この曲の主人公は囚人であるが、他にも人間関係、金銭的理由、政治的理由、
難民、そして原発事故… 謂れ無き故あって故郷に帰れぬ者は世界中に古今
を問わず多い。そして、そんな者達を描いた曲もまた数多くある。

故郷へ想いを寄す…浅川マキが歌った「山河ありき」、ショパンが遺した
Etude Op.10,No.12を始めとする数々のポーランドの曲…そして、
啄木の一首を思い出した。

石をもて追はるるごとく ふるさとをい出しかなしみ 消ゆる時なし



1/15/2012

その銘器…グッドヴァイブレーション?(後編)

さて前回のエントリーではヴァイオリンを例に取って考えてみたが、今回は所変わってオーディオシステムについて
考えてみたい。ともすれば「オカルト!」とも揶揄されがちなオーディオ道。その道のりは険しいものだと云うが…
-------------------------------------------------------------------------------------------------



「音が変化した♪」とは
オーディオシステムのハード、又はパーツやアクセサリーを交換した時に
「音が変化した♪」と感じた場合、その原因として考えられる要素として

◆実際にその対象の物理的特性が変化する場合◆
◆それ以外の条件(視聴位置、湿度や温度、その他音響特性)が変わる事による場合◆
◆聴き手の意識の変化、先入観による錯覚◆

等が挙げられる。またオーディオファンが議論を展開する場合、大抵は自らの主体的体験
を元にその原因を全て1番目の事例に当て嵌めてしまう癖がある。視覚と比較した場合、
聴覚は「主体≒客観」の幅が増大するにも関わらず「主観=客観」としてしまう例が多い。

レコーディングした演奏をミックスダウンする時、自室でオーディオ・システムを色々と
いじくり回した経験のある方は多いと思うが、それらの場合は上記の事例に更に上乗せして、

◆殆ど差異の無い物を聴き比べた場合、後に聴いた物の方が良く聞こえる法則◆
◆何もしなくても時間の経過と共に音が良くなる法則◆
(短期的には熱的安定、また長期的には巷でよく耳にする" エージング ")
◆微細な違いを判定しようとする事により、却って良否の判定が困難になる法則◆
(色々聴きすぎて所謂" 耳バカ "状態に陥ってしまう)

これらを経験した方は多いと思う。評論家の故、長岡氏も「オーディオ誌のケーブル試聴
等では、必ず安い製品から高い製品へと聴き比べて行き、最後の頃には訳が分からなく
なってくる。値札を取ってバラバラの順番で聞いたら別の結果も出てくると思うが、
そういったテストは今までに一度もやったことが無い」と書いていた。らしい。

そして、最後に提示する要因が一番厄介な代物なのだ。
◆先入観その他による" プラシーボ効果 "が入り込む◆

こう云った事まで考えた場合、一概にその音の良し悪し
等を判定する事の不確かさは計り知れないものがある。



貴方は「違いの判る男」か
仮にこのエントリーを読んでいる貴方が" CDを冷やすと良い "" ギターの弦がヘタったら
熱湯で煮るべし "といった屈託の無い噂に始まり、バカ高いオーディオシステムには必ず
付き物の難しげな物理的特性や理論を展開し如何にも科学的であるかの様な大仰な宣伝文句、
知り合いによる" 耳寄りなクチコミ "、更には権威ある人物や雑誌の推薦文etc...に一切
惑わされずに居られる自信があるとしても──────────────額に差こそあれ、知らず知らず
の内に無駄な徒労や高い買い物を強いられる結果となっている可能性は否定出来ないだろう。

音以外の先入観、つまりブランド(権威)、金額、触込み、難解な物理的論理etc.」が
貴方の音に対する良否の決定を司って(又は鈍らせて)しまう事が往々にして有るのだ。


喩え専門家であっても、現代の最高級品のヴァイオリンとオールドマスターを聴き比べた場合、
「何かが違う」と感じる能力よりも「両者の良し悪しを判別する能力」は遥かに低くなる。

----------------------------

イタい事例2種?からの考察


自称オーディオマニアを一堂に集め、ブラインドテストをすると予告をせずに音楽を聴かせた。
その際、聴者に気づかれないよう隠れてスピーカーケーブルをン万円也/mの超高価な図太い撚り
線とAE1.2銅単線(100円/m)を交互にすり替えて聴かせた所、誰もその差異に気付かなかった
- - - - - - - - - - - - - - - - -
海外の掲示板goldmund ripoff - pink fish mediaで、投稿者の写真掲載によりゴールドムンド
(Goldmund :スイス・ジュネーヴの超高級オーディオメーカー)の一台140万円のユニバーサル
プレイヤーの内部パーツが公開され、市場実売価格1万4000円のDVDプレイヤー(パイオニア社製)
がほぼ流用されている事が指摘された(その機種を高級オーディオ雑誌「ステレオサウンド」は
『静かな音場にふくよかで、しかも輝く音色が浮かび上がった』と評したと云うオマケ付き)

【ゴールドムンド紹介サイト】 【パイオニア社製品紹介ページ】




この2例は音楽愛好家の間では随分と話題になった様なので、何処かで耳にした方も居る
と思うが、人間は音を必ずしも「耳だけ」で聴いていない事が有るという好例だと思う。

耳はあくまでも聴覚システムの入り口に過ぎない。
問題はその後に続く脳内での膨大な情報処理の段階で、音の良し悪しの決定を
鈍らせるに至る落とし穴が巧妙に手招きしているのだ、とは言えないだろうか。

----------------------------

騙しか、工夫か
プレイヤー達による創意工夫も忘れてはならない。音による錯覚、とまではいかなくても
「そんな風に聞こえさせたい」とする願いは楽器の奏法上でも昔から様々な試みがされてきた。

バロック時代の楽器(音が伸びない)や、単音しか鳴らせない楽器がトレモロ奏法をする事、
トリル等の装飾音、ピアノでブルーノートを表したいに用いる前打音、ドラムのロール等々。

また昔に比べてAの音が上がって行き、仕舞いには上がり過ぎた為に1939年にロンドンで行わ
れた国際会議で 440 Hz とされた件や、協奏曲のソリストがほんの少しピッチを上げて調弦
する事実。この2例は" 音を煌びやかに聞かせたい、浮き上がらせたい "事によるものだ。

今では当たり前になった奏法の中にも、錯聴を巧妙に利用した提示方法が溢れている。
逆に言うと、本来の目的を考えず安易に用いる奏者が多いような気がしないでもない。

----------------------------

音(演奏含む)の場合、その対象を耳にした時に" これはスゴい! "とか" 迫力があるなあ "
とか、兎に角その人の琴線に触れるモノを感じ取った時に、心が動く。ちょっと乱暴だがこれら
の対象を「アート」と呼ぶ場合、その心象を呼び起こす物(ヴァイオリンを始めとするありと
あらゆる楽器、レコードやCD等の音源、その音源を自分に心地よく提示してくれるオーディオ
システムやスピーカーケーブル等)を手元に置きたいと願う、それが貨幣価値に繋ってゆく。

----------------------------

「そもそも論」に立ち戻って考える
では、そもそも「良い音」「良い演奏」の実態とは一体何だろうか?
音楽が人に因って初めて奏でられて以来、より多くの人々が「良い」「好きだ」と評した音
なのだろうか?それとも、「この道にこの人アリ」と謳われた名演奏家や定評のある者が音
の歴史の中で「良い音」と定めた音こそが本当に「良い音」「良い演奏」なのだろうか?

どの音を、どの演奏を素晴らしいと思うかは、結局のところ其々の好み(=感性、趣向)
に因る。元々素晴らしい音や楽器や奏法があるのでは無く、その音楽を" 素晴らしい "と
「感じる心」が存在するだけなのではないだろうか。。

更に言えば、その良否の判断に" 触れ込み "や" 文化的価値 "や" 歴史的背景 "等の
脳への刷り込みが有っても無くても、それはドーデモヨイのではないだろうか。上に挙げた
様に、要は各自の主体的体験を客観的事実であるとして語らなければ万事OKなのである。

テレキャスだ~って、 オカリナだ~って、
ストラディバリウスだ~って~、

みんな みんな 楽器なんだ 友だちな~ん~だ~♪

----------------------------

最後に…
ストラディバリウスに端を発したに2週に渡るエントリーに相応しいニュースをご紹介。

" 文化庁文化部芸術文化課所管の公益法人 "という権威バリバリの団体である日本音楽財団
はストラディバリウスを始めとする数々の「銘器」を所有している事(日本音楽財団所有楽器一覧
でも有名なのだが、その団体が半年程前に3月の震災を受けて震災復興の一助となる様、
所有するストラディバリウスの中から一丁を売却して日本財団に全額寄付したのだ。

その額11億6971万6332円也…凄い額だ(下世話なネタですみません)
これが現代のクラシック音楽界の底力なのだろうか…

あれ、寄付された側の日本財団は今年の3月末迄の名称が財団法人日本船舶振興会。
かの故・笹川良一氏の三男が会長を務める団体だ…

イヤイヤイヤイヤ!下手な刷り込みや下衆の勘繰りはこの辺で止めておこう。
ストラディバリウスさんも天国で微笑んで居られるに違いない。

…きっと♪


1/10/2012

その銘器...グッドヴァイブレーション?(前編)


ワイン。絵画。文学。車。更には この正月話題になった「大間のマグロ」。
一般的に「最高級品」「名品」とされる物の真価とは…?

先日とある記事を読んだので、今回はホンの少しだけ真面目に考えてみる。
まずはヴァイオリンに関するニュースから…

「ストラディバリウス」や「グァルネリ」は 現代のバイオリンと大差ない?

何億円もすることで有名なバイオリンの名器「ストラディバリウス」や「グァルネリ」は、
現代のバイオリンと大差ないとする意外な実験結果を仏パリ大学の研究者らが3日、米科学
アカデミー紀要で発表した。 研究チームは、2010年、米インディアナ州で開かれた国際
コンテストに集まった21人のバイオリニストに協力してもらい、 楽器がよく見えないよう
眼鏡をしたうえで、18世紀に作られたストラディバリウスや、現代の最高級バイオリン等
計6丁を演奏してもらった。 どれが一番いい音か尋ねたところ、安い現代のバイオリンの方
が評価が高く、ストラディバリウスなどはむしろ評価が低かった。



この手のニュースは随分昔からテレビ等マスメディアで度々取り上げられてきたので
「またか」感がしなくも無いのだが、折角なのでもう少し詳しく調べてみることにした。



《実験詳細》
殆どのバイオリン奏者はストラディバリやグァルネリの楽器は、 音色の点で他の
楽器(特に新しい楽器)に比べて優れていると信じている。 この優位性を説明
するために、多くの器械的あるいは音響的な要因がこれまで提唱されてきた。

しかし、その前提となる優位性について十分に検証されてきたわけではない。
奏者のストラディバリの音に対する判断は、バイオリンの価格や 歴史的意義
によってバイアスがかかっている可能性がある。 しかし、これらのバイアス
を排除した論文は報告されていない。

そこで我々は21人の熟練したバイオリン奏者を被験者として、 ストラディバリ
及びグァルネリの楽器と、高品質の新作楽器を比較させた。 実験は、比較的
残響の少ない室内において、二重盲検により、 被験者に楽器を演奏させた上
での印象を聞き取った。

《実験内容》
・用意された古い楽器はストラディバリ2丁、グァルネリ1丁。
・新しい3丁の楽器の詳細は明かされていないが、物は良い。
・奏者はコンクールの参加者のほか審査員、協演オケの団員など。
・奏者自身が弾いて、どちらが好ましいかを自己判断する。

・各奏者には以下の2種類をやってもらう。
 A:新古各1本を1分ずつ弾き比べて良い方に投票×9ペア
 B:6丁を20分間自由に弾き比べて1本を選ぶ

《実験結果》
・Aの得票数は新グループが112、古グループが77。
・Bの得票数は新グループが13、古グループ8。
・A、Bを通して最も票を集めたのは新のうちの1丁(Aで39票、Bで8票)。
・逆に最も票が少なかったのはストラディバリのうちの1丁(Aで14票、Bで1票)。

【実験詳細に関する資料(PDF)】
【サウンドテスト付の記事】




----------------------------------------------------------------

●被験者に最も好まれた楽器は新作であった●
●被験者に最も好まれなかった楽器はストラディバリだった●
●楽器の年代、金銭的価値、印象の間の相関関係は殆ど無かった●
●大半の被験者は最も印象の良かった楽器が新作か旧作か判別できなかった●

この結果について、モヤモヤと考えた点を記してみる。

ストラディバリウスやグァルネリといった所謂「楽器界のオールドマスター」
は、それらの名器を弾きこなし、且つ演奏が優れているとされる世界トップの
一握りのヴァイオリニスト達や愛好家により長年支持されてきた稀少品だ。

今回の被験者は、コンクールの応募者と審査員とオーケストラ団員(インディアナポリス
交響楽団員)だが、どうも伴奏オケ団員の数が勝っているらしい点に注目した。恐らく、
彼等は新作楽器を所持し、普段演奏しているのではないか。昔のヴァイオリンはその構造
も現代の物とは違っている。そのせいで" 弾き辛い "と考えた者が居るのかもしれない。

また、生半可な演奏技術の持ち主では短時間でストラディバリウスの良さを存分に引き
出せなかった可能性はないのだろうか?「楽器が人を選ぶ」なんて事も良く云われるが…。

ヴァイオリンの弾き心地や音色を大きく左右する「弓」だが、今回の実験
では全て被験者自身の自前の弓であった事も考慮すべき点だと思う。相応
の弓を用意し、それを用いて弾き比べても良かったのではないか。

実験に用いられたオールドマスター3丁の全てに於いて、果たして保守管
理が行き届いた、楽器としてのピークを保った状態であったのかどうか。

比較対象とされた「現代の最高級品のヴァイオリン」の価格はオールドマ
スターの100分の1程度、とあるだけそれ以外の詳細については一切触
れられていない。ストラディバリウスにしてもグァルネリにしても、30
0年近い経年とバラバラな保存状態のお陰で駄作と呼ばれる物もある。

-----------------------

このままではエントリーが長くなり過ぎてしまう事に気が付いたので、
つづきは次週という事にしたいと思う。次週はこの話題から発展して、
ヴァイオリン以外のあれこれについても取り上げる予定。


また来週!


関連エントリー:その銘器…グッドヴァイブレーション?(後編)


12/12/2011

Окрасился месяц багрянцем・赤い月・Lunar Eclipse

(本当はgkz氏の順番の今回ですが、無理言って替わって頂きました。
 gkz氏、有難う。gkz氏のエントリーを期待されていた方、御免なさい!)



10日の晩。
新宿の音楽スタジオを出て駅に向かう途中、幾人かが上を見上げていた。
この寒さの中、三脚にカメラを据えて本格的に撮影をしている人も居る。
つられて頭上を見上げると、高層ビル群の間に浮かぶ赤銅色の月が…

皆既月食。最初から最後まで通して見られた月食としては2000年以来、
11年半ぶりだったと云う。この晩、夜空を見上げた人は多かっただろう。

大都会の夜の帳に浮かぶ、鈍い赤褐色の月。
それを見て即座に、あるロシアの曲が脳裏に浮かんだ。


「赤い月」
“ Окрасился месяц багрянцем ”


::

“ロシア民謡は民謡に在らず?”
ロシアで長年親しまれてきた愛唱歌や大衆歌。作曲者と作詞者が不明の場合
日本では全て一緒くたに纏めて「ロシア民謡」と訳してしまう事が多いが、
それは日本にロシアの曲が入り始めた当初、正しくは「Popular song/
ポピュラーソング」になる「Народная песня」というロシア語を、
誰かが「民謡」と訳してしまったことが原因らしい。

更にソ連時代には「歌も公共(=国)の財産」とされた為、特定の作曲者や
作詞者が伏せられていた場合が多く、そうした事情をよく理解していなかった
当時の日本人にとっては「Народная песня=代々受け継がれてきた作者不明
の民謡である」という誤解が助長してしまったらしい。今回紹介する「赤い月」
も又、作曲者及び作詞者が不明な為に日本では「ロシア民謡」扱いになっている。

::

本題「赤い月」
「赤い月」は、次第に心が離れていく恋人(男)に対する女性側の息苦しい
程の情念が、次第に復讐劇となってゆく様子がモノローグの形で語られている。


月は赤く染まり 波は岩を打つ
いざ漕ぎ出そう、愛しい人 貴方を待っていたわ

恋人と二人 夜の海 舵は私に取らせて
波の唄に全て委ねて 遠い沖へ出ましょう…



(久しぶりに逢う彼女に誘われる儘、男は舟に乗ってしまう。折しも
空には赤い月がぼんやりと浮かび、小舟が進む先は波が渦巻く荒海…
不審に思い始めた彼に対して、彼女はこう問いかける────────)



「波の歌を信じるな」 貴方がそう言うの?
甘い言葉で この私を虜にした貴方が…

何故 そんなに怯えているの? 青ざめ、震えて
夜の嵐を衝いて進む 私の舵が恐いの?


(そして、彼女は物苦しい程の想いを彼にぶつける。曲の中で彼女は裏切りを
働いた彼をなじるが、果たして其れが真実なのか、妄想のなせる業なのか…)



命を賭けて愛していた 貴方を信じていた
覚えているの? ねえ貴方 私を欺いた日を
覚えているの? ねえ貴方 私を裏切った日を



(二人を乗せた小舟が、木の葉の様に荒波に翻弄される…
そして、彼女が文字通り命を賭けた復讐とその結末とは───)



夜の海は荒れ狂い 吹き募る嵐よ
夜明け 波間に漂うのは 千切れた舟の欠片

夜明け 波間に漂うのは

千切れた舟の欠片…



::

以前、歌手 山之内重美さんの歌伴の仕事をした折にこの曲を演る事になり
その時初めてこの曲を知ったのだが、この曲の訳詞を知った時にはその凄
まじい内容に少し呆気に取られ、どう弾こうか迷った記憶がある。

せめて、誰かロシアの人の演奏を参考に…と動画サイトその他の音源を探し
幾つかのバージョンを聴いたのだが、当のロシアの人々は思いの他普通
(と言うか、どちらかと言うと内容など何処吹く風と云った感じ)に歌って
いて、些か拍子抜けした事を10日の皆既月食を見て思い出した次第である。

Окрасился месяц багрянцем - Я - Шаповалов Т.П.
(最後の晩餐風と云うかロシア版家族ゲームと云うか…映画の1シーンより)

retro-nostalgia (Окрасился месяц багрянцем...)
(Лидия Руслановаさんが歌っているバージョン)

"Окрасился месяц багрянцем"
(Владимир Иванниковさんによるクラシック調ギター独演)

Окрасился месяц богрянцем
(州立大学ロシア民謡合唱団とロシアの名誉芸術家による、
堂々たるステージ。楽器の編成はバラライカ3、ドムラ”домра ”5、
バスバラライカ1、アコーディオン3、の総勢11名!)



国民性の違い?日本人には少々妖しい光を放って見えた土曜の赤い月も、
所変わって海の向こうでは福々しく目に映っていたり…と思ったりもする。


::

12/01/2011

" 由紀さおりさん、全米ブレイク " について
ちょっとだけ調べてみた


11月5日付けのニュースより

由紀さおり&ピンク・マルティーニによるコラボ・アルバム『1969』が
世界20ヵ国以上でCD発売・デジタル配信され、各国で大きな反響を呼んでいる。

[1969]

『1969』は、由紀さおりが「夜明けのスキャット」でデビューした1969年という年に注目し、
1969年当時の世界のヒット曲を集めたカバー作品で、1曲以外は全て日本語詞で歌われている。
11月1日にiTunesでの配信がスタートした米国では、11/2付ジャズ・チャートで1位を獲得し
ており、ピンク・マルティーニにとっても初となる1位が日本の歌謡曲のカバーという歴史的快
挙となった。US以外の各国でもカナダiTunesチャート・ワールドミュージックでも1位を獲得
しており、様々なカテゴリーでランキング上位に君臨、現在もトップ10にチャートインしたまま
話題が大きく広がっているところだ。CDも、10月10日に発売されたギリシャではIFPIアルバム
チャート6位獲得(2011/43週)、シンガポール
HMVインターナショナルチャート18位
(10/31付)という成績を収めている。スタッフも、『1969』が素晴らしい作品であることは確
信していたものの発売直後から世界各国チャートを賑わすことまでは想定外だったという。11月
7日には『1969』の米国CD発売となり、12月には由紀さおりがロイヤル・アルバート・ホール
に続きピンク・マルティーニの全米公演への参加がスタートする。────────



更に11月15日付けのニュースによれば、このアルバムが
逆輸入の形で 日本でも売れ始めており、急激に売り上げが伸び始めているという。

Pink Martini & Saori Yuki / ブルー・ライト・ヨコハマ

恐らくは坂本九の「スキヤキ」以来の出来事、なのだろう。
古くはピンクレディー、永ちゃん、松田聖子、最近では宇多田ひかる等
数々の歌手が目指しては悉く失敗に終わったアメリカで、このアルバム
がリリースされて多くの人に享受された理由は何故だろうか。また「ピ
ンク・マルティーニ」とは一体どういった音楽集団なのだろうか。そして
この音楽が何故ジャズとしてアメリカで認知されヒットしたのだろう?

::

" PINK MARTINI "
ニュースではカナダのジャズオーケストラというふれこみだが、切欠は
ヴォーカルのChina Forbes氏とピアノのThomas M.Lauderdale氏が
オレゴン州のポートランドで結成したグループだ。現在団員は12名。

肝心な音の方向性はと言うと、電気羊がちょっと聞いた印象としては
クラシックとスムース・ジャズと更にはラテン・フレーバーとシャンソン
風味をほんの少しづつ取り込みながら全部ひっくるめ、その上でイージー
リスニングっぽく仕上げた感じ。何と言うか、40年位前にナイトクラブで
流れていた様なイメージ(想像)でもある。

曲はアメリカの曲は勿論、世界各地の歌ものを取り上げつつオリジナルの
曲も発表しているようだ。たぶん対象年齢は50代くらいであろう、早い
テンポや扇情的な歌詞や複雑なリズムが満載された今時の曲をとても聴く
気になれない人達にも聞きやすい様に作られているような気がした。
Pink Martini公式HP

::

" 日本の曲を取り上げる "

そして、彼等のディスコグラフィーを調べてみて分かった事がある。「1969」が
リリースされる14年も前から、Pink Martiniは日本の曲を取り上げていた。

1997年にリリースされたファースト・アルバム「SYMPATHIQUE」の
8曲目には"Song of the Black Lizard" 。
(原曲:美輪明宏の「黒蜥蜴」)

[SYMPATHIQUE]
Pink Martini / Song of the Black Lizard
映画「黒蜥蜴」主題歌:美輪明宏

::

2004年にリリースされたセカンド・アルバム「HANG ON LITTLETOMATO」の
12曲目には"Kikuchiyo to Mohshimasu"。
(原曲:和田弘とマヒナスターズの「菊千代と申します」)

[HANG ON LITTLETOMATO]
Pink Martini / Kikuchiyo To Mohshimasu(ライブ)

…しかし、聞けば聞く程に摩訶不思議なアレンジだ。一体"何風"と呼べば
良いのか判らないスタイル。カクテルドレスに身を包んだ女性が演奏する
琴やピアニストの謎めいたステージングもさることながら、なんの衒いも
無く日本語で歌うメンバーと素直に受け入れている聴衆…ライブ動画を見
れば見る程、正直狐につままれた様な心持がする。

ただ分かる事は、彼らはこれら日本の曲の他にもアジア各国、ギリシャ、
トルコ、中東、北アフリカ、オーストラリア、ヨーロッパ各国等の曲を
彼等なりの美意識で取り上げ続け評価されている集団、という事だ。

::

そして、2007年にリリースされたサード・アルバム「Hey Eugene!」。
このアルバムの4曲目に今回の話題の人、由紀さおりさんが
"Taya Tan"という曲で参加・初共演している。

[Hey Eugene!]

…やっぱり不思議なアレンジだ…で、気を取り直して更に調べてみると
この曲のちゃんとしたタイトルは「タ・ヤ・タン」で、作詞:山上路夫
作曲:いずみたく氏だという事、それからこの曲は彼女の代名詞とも言
えるデビュー曲「夜明けのスキャット」の次のシングルカット曲「天使
のスキャット」のB面にカップリングされた曲である事が判った。

更にはこのシングルが今回話題をさらった「1969」と同じ年の1969年に
リリースされたものであることが判明した。「ピンク・マルティーニと
コラボするきっかけは、メンバーのひとりが、『ジャケット写真が美しい』
と、たまたま由紀のLPレコードを衝動買いしたことだったそうです(音楽
関係者)」
との事だが、今回のアルバム「1969」が作られた背景にはこの
「タ・ヤ・タン」も一役買っているのかも知れない。

::

…残念な事に電気羊の英語力の無さのせいで、今回の大きな謎「このアルバム
がジャズとして認知されヒットした理由」については遂に判らず仕舞いだった。

しかし改めて由紀さおりさんの透明感のある瑞々しい歌声を聴いていると
彼女は聴衆が何処の国の誰であろうと自分のスタイルを曲げずに自信を持
って唄っている事が良く解る。今までアメリカ進出を試みては頓挫してい
った大勢の歌手達が一般大衆に迎合した、とまでは言わないが、彼等と彼
女の一番の相違点は此処にあるような気がしてならない。

「1969」オフィシャルサイト

::

由紀さおりさん、と言えば「正統派歌手」の他にも様々な印象が深い。
彼女の魅力の一つである女優やコメディエンヌとしての優れた才能にも
言及しない訳にはいかないであろう。最後に、彼女が今までに見せてく
れた数々の素晴らしい出演作と共に今回のエントリーを締め括ろうと思う。

映画『家族ゲーム』予告編

ティーンエイジャーSAORI

安田祥子・由紀さおり「トルコ行進曲」2001




10/30/2011

多治見要蔵とBoogie Down Productionsの
隠された関係に肉薄する!

先日、遂に!
世紀の大発見をしてしまった!
その顛末を、アナヨル読者の皆様に発表したいと思う!

────とは言っても、極々私的な事なのだが…

● ● ● ● ● ● ● ● ● ● 


【 1977年 】

凄く懐かしい映画を観たのが、事の発端である。公開当時に
映画館で観て以来だから、実に30余年振りであった。

『八つ墓村』
(公開当時のポスター)

監督:野村芳太郎
原作:横溝正史
音楽:芥川也寸志
出演者
渥美清(金田一耕介) 萩原健一(寺田辰弥)
山崎努(多治見要蔵) 小川眞由美(森美也子)他
(1977年10月29日公開、 上映時間151分 )


この作品は、大ヒットする要素がふんだんに詰め込まれた映画だと思う。
急速に欧米化・スピード化が進む都市部の生活と、その一方で地方の寒村に
色濃く残り続ける旧家の因習や、血縁の因縁と云った物を対比させ、巧みに
練り上げた緻密なプロット。本当に在った事件をガジェットに用いる手法…

また、この映画は各世代へのサービスも満点だ。
お父さん世代には小川眞由美の妙な艶めかしさが、若い女性達にはショーケンの格
好の良さが、また子供が見ても十二分に分かり易い双子の老婆等のキャラクターや
志村けんがネタに用い当時流行語となった「祟りじゃ~っ!」のキャッチフレーズ
等、其々の"ツボ"が次々と登場しては話を盛り上げ最後まで一気に見せてしまう。

------------------------------------

当時 個人的には、要蔵が村人を虐殺してゆくシーンが断トツの"ツボ"だった。


このシークエンスは昭和13年に実際に起きた《津山30人殺し》の犯人、都井睦雄の
犯行当時の装束や行動を基に作られている。個人的には村民達がむごたらしく惨殺
される描写よりは、これから連続虐殺へと向かうべく洞窟を抜け、桜吹雪の中を
疾走する要蔵の、おぞましさと美しさが同居する様子に心奪われたのだった。

暫くの間、そのシーンの真似をして家の中を走り回っていた記憶がある。
家の中を探せばきっと、鉢巻の代わりにタオルを締め、浴衣を羽織り、
懐中電灯の代わりにシャモジをこめかみに刺した写真が出てくる筈だ。

------------------------------------

そんな当時の記憶を懐かしくを思い出しながら映画を見終わり、
一緒に観た知人と早速あれやこれやと感想を言い合っていたが
─────何かが心に引っかかった。

何だろう?と心中で怪訝に思いながら、例のシーンを再度見直してみた。
カメラに向かって走ってくる、殺人鬼と化した要蔵。桜吹雪。
先程見た通りだが…

釈然としないまま、件のシーンを見終わる。
と、次の瞬間、思わず大声が出てしまった。

「ああああ、アレだ・・・!」


● ● ● ● ● ● ● ● ● ● 


【 1990年 】

巷でHIPHOPが幅を利かせていた、20年程前。。

個人的にはガチ&強面がウリのラッパーよりは西海岸ならDigital Underground、
東海岸ならDe La Soulといった少し色物の香り漂う作品が好みだったのだが、
例外的にBoogie Down Productionsだけは気に入り、良く聴いていた。



中でも1990年に発表されたアルバムEdutainmentの中の、" とある一曲 "に
どういう訳か心を鷲摑みにされてしまい、憑かれた様に毎日毎日聴いていた。
ドラムだけの単純なリズムのループ。似たような曲が何千何万と有る中で、
何故その曲だけに反応し、一発K.O.を喰らってしまったのか…

当時は不思議だな、と思っただけだった。

しかし、その謎は久々に映画『八つ墓村』を観、更に
もう一度見直す事でやっと、そして一気に解けたのだった。


● ● ● ● ● ● ● ● ● ● 


【 ネタバレ 】

それではまず、「八つ墓村」の例のシーンを見て頂きたい。

【芥川也寸志 - 惨劇32人殺し】


…次に、B.D.Pの" とある一曲 "を聴いてみて欲しい。

【Boogie Down Productions - Ya Know The Rules】


おわかりいただけただろうか・・・?


------------------------------------

『三つ子の魂百まで』とは、本当に良く云った物である。

幼心に強烈に刻み込まれた《狂気の象徴=特定のリズム》の符牒。それが
何時しか記憶の奥底に仕舞い込まれ、全く忘れたまま時が過ぎていった。
──────そして13年後、偶然リズムが一致する曲と邂逅し、
訳も解らず憑かれたように魅入られて毎日聴いていたのだ。

そして 更に21年が過ぎた今になってやっと、
多治見要蔵と" Ya Know The Rules "の隠された共通点に気付いたのだった。


祟りじゃ…
多治見要蔵の、祟りじゃあ~~!


10/02/2011

日曜日の憂鬱~映画番組に解説者がいた頃~



つい先日20代の知人と話していたら、こう言われた。
「この前『サザエさん症候群』に罹っちゃって。サザエさんの終わりの
 曲聴いた瞬間に軽くウツ入って、自殺したくなっちゃいましたよ(テヘ」




「サザエさん症候群」とは所謂「ブルーマンデー症候群」の事らしい。
試しにgoogleで「日曜日 憂鬱」で引くと78万件超。ある統計によると
フランス人の約半数近くが「日曜の夜は憂鬱で眠れない」と答えたと云う。

こちらの世代としては「ブルーマンデー」と言われて真っ先に思い出すのは
ブームタウン・ラッツの" I Don't Like Mondays(邦題:哀愁のマンディ)"
だが…今時はサザエさんやし笑点のテーマが取って代わっているようだ。


貴方にとっての「ブルーマンデー」のトリガーは何だろうか?

● ● ● ● ● ● ● ● ●

さて、話は変わるがテレビ映画劇場の老舗番組「日曜洋画劇場」が、放送開始
から45周年を迎えるという。そこで今月の4週連続で「ダイ・ハード」を
一挙に放送するらしいが、今回伝えたい事は映画の内容ではなく解説についてだ。

1、2の解説を淀川長治氏が生前解説したフィルムを使うと言うのである。
(「ダイ・ハード」10月9日、「ダイ・ハード2」10月16日放送予定
 公式HPはこちら→テレビ朝日 日曜洋画劇場

果たしてこの趣向が好企画なのか悪趣味なのか、丁度良い機会なのに
往年の名画を差し置いて何故ダイ・ハードなのか…はこの際置いといて、
淀川長治氏と彼の解説に対する姿勢について少し書いておきたいと思う。

- - - - - - - - - - - - - - -

吹き替えの是非については此処では取り上げないが、放映時間に合わせて折角
計算されたシーンを所々カットし、関係無いCMで否応無く細切れにされる運命
にある事を考えると、映画をテレビで放送するという事はハッキリ言って無謀だ。

しかし、淀川長治氏は『正直申してジョン・フォードの「駅馬車」をテレビで
見るのはしんどい、つらい。だが、見ないよりはいい。それもテレビでやると
いつもは劇場に行けない人までみんな見られる
』と言い、解説を続けた。

確かに映画館で一人で行ける年齢になり街のあちこちにLDやビデオのレンタル
ショップが出来始めると、テレビ(特に民放ゴールデン・タイム)で映画を
見る機会は殆ど無くなってしまった。しかし小学生の頃に居間のテレビで見た
様々な映画の記憶は、何年も経った今でも鮮烈な印象と共に心に残っている。

また当時は往年の名画やアクション物のヒット作の他にもは勿論、「穴」
「死刑台のエレベーター」「灰とダイヤモンド」「博士の異常な愛情」
「シベールの日曜日」「ジョニーは戦場へ行った」「イージー・ライダー」
「ベニスに死す」「地獄に堕ちた勇者ども」等の今地上波ゴールデンでは
有り得ない様な作品や文芸作品もキチンと評価し取り上げられていた。




そして『どんな詰らない映画でも絶対いい所がある。それを拾って皆に
説明するのが私の使命
』という姿勢を最後まで貫いた淀川氏。氏は例え
褒めるべき点が全く無い映画でも、俳優、カメラ、音楽等少しでも優れ
ている箇所を救い上げ、それをあの独特の語り口で視聴者に提示し続けた。

アーノルド・シュワルツネッガーを初めて「シュワちゃん」と呼び、件のシュワ
ちゃんがゲスト出演した折にはカメラの前で無邪気にはしゃいで見せた淀川氏。
今回のニュースを期に、時に身を乗り出し、声真似まで絡めつつ、映画が持つ
魔法の様な魅力を存分にお茶の間に届けてくれた氏の偉業を改めて思い起こした。

● ● ● ● ● ● ● ● ●

最後に。冒頭の「サザエさん症候群=ブルーマンデー症候群」についてだが、
個人的には何と言っても下記の組み合わせが日曜日の終わりを告げる象徴だ。



この「サヨナラ、サヨナラ、、、、サヨナラ」と、間髪入れずに流れる
クラシック調の" SO IN LOVE "の鉄壁のコンボ。今改めて見返しても
子供心にも言い知れぬ物淋しさや感傷に駆られた記憶が蘇ってくる。

報道によると9日と16日には本編の後に「サヨナラ、サヨナラ…サヨナラ」
の名調子も挿入するかも?という事らしいが、もしもダイ・ハードでなく
「ナバロンの要塞」辺りが放映され、その上この曲まで流れたら…

…そう妄想するだけで、今から物憂い気分に浸ってしまいそうだ。



9/18/2011

" Ana, three minnutes "
~ビクトル・エリセによる3分11秒~



4ヶ月前の出来事。

【 2011年5月:カンヌ(フランス)にて 】
第64回カンヌ映画祭に於いて河瀬直美監督が17日(日本時間18日)、東日本
大震災被災地に捧げる映画「3.11 A Sense of Home Films」を製作すると発表した。

同作品は世界各国の映画監督の協力で製作されるという。
河瀬監督の作品も合わせて約60分の作品として完成させる意向。

実は河瀬監督がこの企画を考えたのは、わずか10日前だという。しかし
その想いは世界各国の監督たちにも通じ、急ピッチで準備は進んでいる。

日本からは女優桃井かおりが監督として参加予定のほか、昨年の同映画祭で
最高賞パルムドールを受賞したタイのアピチャッポン・ウィーラセタクン監督や
スペインのビクトル・エリセ監督らも参加を表明。上映日は震災から半年後の
9月11日で、開始時間も発生時に合わせ午後2時46分にする予定。
同監督の地元奈良県の寺で奉納上映後、被災地で巡回上映したいという


─────────そして4ヶ月後の9月11日、奉納上映は無事行われた。
(イベント公式HPはコチラ→3.11 A Sense of Home Films
今回そのイベントに併せる形で急遽来日した監督がいる。


ビクトル・エリセ監督だ。

● ● ● ● ● ● ● ● ●

【 Víctor Erice 】
エリセ監督と云えばやはり「El Espiritu de la colmena(1973)邦題:ミツバチの
ささやき」だろう(この映画についてはいつかgkz氏による絵付きのレビューが
観られるだろう…などと勝手に期待して、此処では余り触れないでおこうと思う)。

10年に1作品しか発表しない寡作な監督が僅か4ヶ月で撮った作品とは…?

今回発表されたショート・フィルムのタイトルは" Ana, three minnutes "。
ピンと来た方も居られるかと思うが、この超短編には何と「ミツバチのささやき」
で主役のアナ役に抜擢されたアナ・トレント(Ana Torrent=当時5歳)が登場する。



今回の新作の内容は…大人になり美しい女優として成長した彼女が
正面からカメラに向き合い、フィルムを観る全ての者に対して直接
メッセージを送る・・・というエリセ監督としては「超・超」異色作。

今までの作品で見られ、評価されてきた絵画的・幻想的な手法は
直截的な表現を好まないエリセ監督の真骨頂にも拘らず、今回は
どうしてこの様にダイレクトに真意を伝える作風になったのだろう?

その謎の答えは9月15日放送のクローズアップ現代(NHK総合)で
放送された「 3.11 世界の映画監督からのメッセージ」の中で、
監督自身の言葉により明かされた。この放送プログラムは再放送の
予定が無いらしいので一部を抜粋して文字に起こしておこうと思う。

放送プログラムより 抜粋

" ビクトル・エリセ監督の言葉 Ⅰ "
「震災は自然に依るものですが、
 これは世界中に影響を与える問題です。
 
 今回日本に来たのは
 連帯が必要だと思ったからです。
 今や人々は 国境を越えて連帯しなければ
 生き延びることは出来ないと考えています」



アナの言葉
脅威は自然だけじゃない
福島の原発がまさにその例

悲惨だわ

それなのに 未だ新たな
原発施設の建設が進められている

地球は私たちの故郷なのに
なぜ災害の種を?

わかってる

便利な暮らしを行うには
資源も必要だもの

でも
地球も 疲弊してしまうわ
(" Ana, three minnutes "より抜粋)

" ビクトル・エリセ監督の言葉 Ⅱ "
「私は映画は詩だと考え、
 これまで直接的な表現を避けてきました。

 しかし今回は、
 私たちの「ホーム」地球を守るために
 緊急のメッセージを伝えたいと考えました。

 今一度 文明の有り方を見直す為にも
 世界中の人たちに
 この問題を理解して欲しいと思ったのです」



しかし、この短編は直接的な表現だけで終わっている訳ではない。

アナがPCを立ち上げた際にモニターに一瞬映る
6 AGOSTO 2011(8月6日)という日付、
マッチで蝋燭に灯される火、その脇に置かれたカード、
終始片隅で首を振り続ける扇風機の音、そしてライティング…

彼ならではの繊細な美意識や幻影的な画面と、様々な示唆を示す
細々とした気配り。そしてアナの口から発せられる力強い言葉。
この相対する二者を見事に両立させた素晴しい短編だ。

- - - - - - - - - - - -

原子力による発電についてはこの日本のみならず発電に原子力を
利用する国、またその近隣諸国に於いて様々な論議を呼んでいるが、
立場のせいかその是非の意見表明を避ける人も少なからず居る。

今回エリセ監督が原子力発電にNOを突きつけたフィルムはアナを登場
させる事で自分の代表作とも云える映画を下敷き作られていて、それ故
負う処も多きい筈で、そう云う意味でも監督の心意気が伝わってくる。

● ● ● ● ● ● ● ● ●

尚、エリセ監督は11日の奉納上映後の現在も来日中で、
17、18、19日にはなら国際映画祭2011にも来場予定との事。
行ける方は是非足を運んで頂きたいと思う。

又このプロジェクトに出品された作品群は被災地を巡回するというが
東京でも上映されるのだろうか。。是非スクリーンで観たい…

9/08/2011

ライブ一家言!


最後の後押し

ちょっと前、テレビで世界陸上の中継を偶然やっていた。
運動は億劫だが見るのは好きな性質なので、そのまま観ていた。

世界各地から集った精鋭達の鍛え抜かれた肉体、
そして頂点を目指し繰り広げられる真剣勝負。

たとえ個人種目であっても、決勝ともなると選手達の間では
凡人には及びもつかない様な細かな駆け引きが行われている
に違いなく、解説を縁にそれを想像するのがまた楽しい。

厳つい体付きをした猛者が、新人に追い詰められた前優勝者が、
ライバルの心を折り一発大逆転の大記録を狙う、緊張の一瞬。

その直前、選手達の眼差しは一様に競技場に詰め掛けている
観客席に注がれる。そして観客に向かって手拍子を求めるのだ。

パチ… パチ… パチ、パチ、パチパチパチパチパチパチパチ…

そうして挑戦者達は観客の「最後の一押し」導かれるように、更に
己を奮い立たせ、最大限のパフォーマンスに挑んでゆく ───────



その様を眺めていて、以前友人達と試した"ある事"を思い出した。

● ● ● ● ● ● ● ● ● ●

或る仮説

ある日友人達と話をしていてひょんな事から≪曲と曲の合間に
何時もに増して熱心に反応したら、その後の演奏者のパフォー
マンスは必ず上がるか否か?≫
という話になった。

当時、その友人達と良く聴きに行っていたJAZZのライブがあった。

その演奏者Aのライブは定期的に行われていて、聴きに来る客数も
顔ぶれもいつの間にか自然と固定した"まったりライブ"だ。

落ち着いた演奏ぶり、曲目、そして期待通りのAの演奏に答え
つつもちょっぴり控えめな拍手。そういった、言わば
"安定しきったAのパフォーマンス"に変化は有るのか、否か。

電気羊は「検証するまでも無く、勿論有る」と自信を持って答えた。
と言うか、これに関しては電気羊なりの確信めいた持論があるからだ。

● ● ● ● ● ● ● ● ● ●

give and take?

誰かのライブを聴きに行く、という事。
それは興味や好奇心、場合に拠っては付き合いで仕方なく…
という場合もあるかもしれないが、大方はその演者に対して
何がしかの"期待"を寄せた結果としての行為だ。

幾許かの金銭を払い、自分の予定を空け、その場に行く。
その代償として求める物は「選り良いパフォーマンス」だ
(それが譬え偶然通り掛かった無料の路上ライブであろうと
足を止めて聴く事自体で give and take は成立するだろう)。

普通ならばそれでライブを楽しめば済む話なのだが、
ココはもう一歩突っ込んで考えて欲しい。もしも貴方が
「選り良いパフォーマンス」を上回る「渾身のパフォー
マンス」を何としても演者から引き出したい!と思ったら、
どうすれば良いか────────────

- - - - - - - -

give and give、そして悪意無き教唆

その答えはめちゃくちゃ単純だ。
人目を気にせずダイレクトに演者に対し「アンタは凄い!
素晴らしい!」といった熱意や満足を伝え、時にはビリーズ
ブートキャンプばり(古)に「いや、アンタにはもっと出来る
筈だ!もっと魅せてくれ!」と煽り、演者を乗せまくれば良い。
言葉は悪いが"教唆"────つまり、そそのかすのだ。

更に言えば、偶然近くに居合わせた観客にもその"熱"を
伝播させる事が出来れば、後は期待通りのひと時を得られる
筈だ。勢い余ってライブの進行を無視した行為や一人目立って
自己満足に陥らない限り、それは十分可能だ。

只楽しませて貰おう、というだけで無く 更に演者に熱意が
伝わる様に行動に移す。それを含めた愉しみが其処にはある。

- - - - - - - -

(ところで、ライブの場で共通して見かける風景がある。
オールスタンディングの場合も含め、ライブ会場に於いて
自ら会場の後方に陣取り、訳知り顔に腕を組んで眺める輩だ。
顰め面や興味無さ気な表情を顔に貼り付けている彼等を見ると
よく不思議に思う。演者に何も期待していないにも係わらず
会場に居るのだろうか?単に「オレ オマエラと違うし」と
いった中二病患者なのだろうか?もし仮にその中の一部が
関係者や身内であればそういった居住いがライブの妨げに
なっている事に何故気付かないのだろうか)

- - - - - - - -

ジャンルは問わない

───────つい話が反れてしまった…話を戻そう。
演者を最高のパフォーマンスへと唆す手段は何でも良い。

行儀良くお固いイメージが強いクラシック会場でも、その
演奏が本当に素晴らしいと思えばその場で立ち上がって拍手
をしても良いし、賞賛の掛け声も全く問題とされない。

ホロヴィッツが最後に来日した折の演奏会では、その神業にも
等しい演奏が終わるや否や、初老の紳士までもが感極まっ
た様子でステージ下に殺到し、賛意を身体一杯に表していた。



クラシックでさえこうなのだから、少々のおイタが許される
様な熱いライブなら何か小道具を仕込んで持って行ってもOK。
賛否両論あるかもしれないが、個人的にはモッシュやダイブ、
クラウドサーフも有りだ(怪我その他諸々は自己責任で!)。

もし貴方が極度の恥ずかしがり屋さんなら、また運悪く会場の
最後方の席だったとしても、演者を励ます力強い拍手を惜しみ
無く注ぐだけでも良い。またそこがオールスタンディングの
ライブなら、音響が音場がと御託を並べず、一歩前に踏み出そう。
─────── その一歩が、道となる。(←!?


● ● ● ● ● ● ● ● ● ●

仮説の検証

…という事で、次のAのライブで早速実行した。

演奏が終わった。
パチパチパチパチパチパチパチ(何時もの皆の拍手)
パチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチ!(我々の拍手)

その次の曲も、その次の曲にも。
狙い通り、付近の客にも力強い拍手は伝播した。

そして。
その後のAの演奏も次第に熱を帯びていったように思えた。
少なくとも電気羊には、そう感じる事が出来た。


最後に

会場に来て、つまらなさそうに一番後ろで腕組みをする?
受身で楽しませて貰うだけで、満足する?

それよりも 一歩踏み出して、愉しもう。


…それが電気羊の独り善がりな"ライブ一家言"である。

(更新が遅れたにも係わらず相変わらずの独断レビューではありますが
 …最後まで御静聴有難う御座いました m(_ _;)m  )


8/21/2011

幽霊たちの演奏




貴方は一枚のレコードをプレーヤーに置き、針を置いた。
───────── 一時の静寂 ──────────

やがて、第一ヴァイオリンが奏でるaの音がpppで聞こえ始め、
それに引き寄せられるかのように管楽器が幽かに呼応する…

Gustav Mahler Symphonie Nr.1 "Der Titan"
マーラーの交響曲『巨人』。中々の演奏だ。
貴方はジャケットを手に取り、クレジットを確認する。

指揮:Vladimir Petroshoff
演奏:Philharmonie Festival Orchestra


" ・・・? "

その見慣れぬクレジットに貴方は首を傾げ、
経歴を調べ始めるかも知れない。しかし、いくら調べても
件の指揮者とオケに関する情報は得られないだろう。

何故なら、彼らは
この世に実在しない" 幽霊 "なのだ…



● ● ● ● ● ● ●

"幽霊指揮者(Phantom Conductor)"
"幽霊オーケストラ(Phantom Orchestra)"


幽霊指揮者 一覧
・フリッツ・シュライバー(Fritz Schreiber)
・アルフレート・ショルツ(Alfred Scholz)
・ハーバート・ウィンクラー(Herbert Winkler)
・ペーター・シュテルン(Peter Stern)
・ユージン・デュヴィエ(Eugen Duvier)
・カルロ・パンテッリ(Carlo Pantelli)
・ウラジミール・ペトロショフ(Vladimir Petroshoff)
・フェルディナント・ラング(Ferdinand Lang)
・アルベルト・リッツィオ(Alberto Rizzio)(…他多数)

幽霊オーケストラ 一覧 
・フィルハーモニア・スラヴォニカ
・フィルハーモニー・フェスティヴァル・オーケストラ
・ベルギー・フェスティヴァル・オーケストラ
・ベルリン・フィルハーモニック・ソロイスツ(ゾリステン)
・ベルリン・フェスティヴァル・オーケストラ
・マズリア・フィルハーモニー管弦楽団
・南ドイツ・フィルハーモニー管弦楽団
・モーツァルト・フェスティヴァル・オーケストラ
・ラジオ・オーケストラ・ベルリン


如何にも彼の地に有りそうな感じの名前や団体名…しかし上記の人物名や
交響楽団名は今も昔もこの世の中に存在していないことが確認されている。
彼等はPhantom Conductor、Phantom Orchestraと呼ばれる存在だ。

恐らくはこれ以上の数の" 幽霊 "達の音源が今も街なかに彷徨っている。
もう既に貴方のレコードライブラリの中に潜んでいるかも知れない。



「幽霊たちの演奏を録音したレコード」とは 一体。。。

● ● ● ● ● ● ●

幽霊の仕掛け人たちと、その余波

幽霊指揮者、幽霊オーケストラが生まれたカラクリとは。
ここで一つの代表的な例を挙げてみようと思う。

ドイツの指揮者兼音楽プロデューサーであるアルフレート・ショルツ
(Alfred Scholz)という人物がオーストリア放送協会の放送用録音を
大量に買い取り、PILZというレーベルを設立し"自身が指揮した
(或いは架空の演奏家のもの)"として大量に売りさばいた事がある。

幽霊指揮者の演奏とされるCD音源の多くは、この流れを汲んでいる。
身も蓋も無い話なのだが、そのカラクリは泡沫レーベルの中の人が
著作権料をケチる為に架空の名前をでっち上げたのが真相だ。
確かにオバケなら「ギャラ寄越せ!」とは言わないが…

- - - - - - - - - - - -

そうしてクラシック愛聴家の間で何時の間にか都市伝説となった
"幽霊指揮者""幽霊オーケストラ"なのだが、音源自体は確かに存在する。
と言っても本当にオバケが演奏している訳では無く(当たり前だが)、
ならば本当に演奏しているのは誰なのか?という話になる。

必然の流れとして幽霊の正体を突き止めようとする酔狂なクラシック
愛好家も少なからず存在する。真偽の程は定かでは無いものの 幾つかの
録音について「実際の演奏家を見つけた!」と主張する好事家も居る。

実際に「フルトヴェングラー指揮なのでは?」と評判になった
幽霊音源が中古市場で1万円を超える値をつけた事もあるらしい。



名も無きプレーヤー達による演奏がまともなクレジットもされず
様々なメディアに乗って耳に入る事は、BGMやイージーリスニング、
又はバックバンド等で至極ありふれた事として認知されている。

2004年に公開されたドキュメンタリー映画「永遠のモータウン」で
取上げられたファンク・ブラザーズ等は稀有な事例であり、クラシック
音楽以外のジャンルでその事が話題になることは余り無いと思う。

" 幽霊音源 "騒ぎの面白さは、他ジャンルの音楽と比較して識者によって
より強固な権威付けがなされて来たクラシック音楽界隈に於いて、所詮カネ
儲けの為とは云えその権威主義的思考を逆手に取ったところにあると思う。

● ● ● ● ● ● ●

幽霊指揮者の音楽を愉しむ

幽霊たちの音源はレコードでも存在しているが、現在ではスーパー
マーケットの店頭や100円ショップ、又は駅ナカのワゴンセール等で
売られている、いわゆる版廉価盤CD等の中に時折紛れ込んでいる。

"幽霊の演奏"を試しに聴いてみたい方、または耳に覚えがあって
幽霊の正体を突き止めようと思われる方は是非お試し戴きたいと思う。

演奏者が判らぬままあれこれ想像して聴くのもまた一興、
もしかしたらフルトヴェングラーの一件以上の大発見者になって
オークションでボロ儲…ゴホゴホッ(結局カネかよ!)

但し───────底抜けに酷い演奏も散見されるので、
呉々も自己負担と自己責任でお願いイタシマス・・




※去年の拙レビュー コノ旋律ニ戦慄セヨ…(夏的な意味で) の続編です。
お盆も明け、残暑もショボくなってきたこの時期ですが、
昨日終わった高校野球に因んで…夏の終わりに思い出ヘッドスライディング!(←寒い

8/01/2011

大人になる と云う事は



伸吟。


" Bebop の Betty Boop "
先程、別口の某サイトにて、楽曲紹介を書き始めていた。
今月は夏らしい曲を…とBlossom Dearieの"Once Upon A Summertime"を
取り上げようと思い、改めてディアリーの来歴を調べ直そうとしてすぐに、
あっ… と、指がキーボードの上で止まってしまった。

" 2009年2月7日死亡 "
そうして、彼女が亡くなっていた事実を知った。


Blossom Dearie " Blossom Dearie "


動画投稿サイトにて、御年を召した後も矍鑠とライブを行う姿に感心し、
また同時に油断してしまっていた。つい先週も友人と「今後行きたいライブ」
の話をしていた折にも筆頭に挙げていたミュージシャンだったのだが
───────永遠に叶わなくなってしまった。


● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ●


" 歌にメッセージを込めた詩人 "
また拙ブログにてプロテスト・ソングに関するレビューを書く折にも
Gil Scott-Heronの死を知り(追記2参照)、少なからずショックを受けた。

何時だったか、下北沢の某レコード・ショップにて「ギル・スコット・ヘロンの
"Winter in America"のアルバム全曲の歌詞を調べているが中々難しい」と
オーナーに愚痴っていた所、オーナーが「日本盤CDのライナーは俺が書いた
から」と仰り、御厚意に甘えて廃盤になっていた日本盤のライナーと歌詞の
コピーを有り難く頂戴した事もあった(今でも大切に仕舞ってある)。


Gil Scott-Heron/Braian Jackson " Winter in America "


バラク・オバマ大統領就任式の中継の折、ジェシー・ジャクソン師の感極まった
表情が画面一杯に映し出されるのを見て"あぁ ギル・スコット・ヘロンも見て
いるかな、どう感じているのだろう"と想いを馳せた事も記憶に新しいのだが…



● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ●


" Starchild "
先々週紹介したBOOTSY来日予告記事を書く時にも、Garry Shiderが2010年
6月16日に亡くなっていた事に遅蒔きながら気付き、驚愕すると共に
不覚にも記事を書こうとするその時まで彼の死に気付かなかった自分
に対して猛然と腹が立って仕方が無く、遣る瀬無い気持ちに襲われた。

Garry Shider


彼がP-FUNKの中核、参謀として果たしてきた偉大な足跡や
その音楽的才能云々については、電気羊が書くまでもない。
と云うか、到底書き尽くせる筈も無い。

ただ 彼の死に際し、ご遺族にて発表された内容
だけは今更ながらにでも記しておかねば、と思う。

ゲイリー・シャイダー本人からの最後のメッセージ。


Alright my family, friends, and fans.
I've come to the end of my funky journey,
and it was a hell of a ride!!

No tears,
just continue to spread the grooveallegiance
around the world so that we live on!!

Love you guys!!
Think of me when u look up at the stars!!
Starchild

- - - - - - - - - -

家族のみんな、友よ、そして全てのファンへ
俺のファンキーな旅は終わりを迎えた。
それにしてもなんて乗り心地の人生だったんだ!!

泣くなよ、
ただ世界中にグルーヴを広げ続けてくれたら、
俺達は生き続けることが出来るんだからな!!

みんなのことを愛してるよ!!
夜空の星を見上げたら俺を思い出してくれよ!!
Starchild





結局、
彼は真のスターチャイルドへと変貌を遂げただけなのだった。
Grooveallegiance。
今一度Funkへの忠誠を新たにし、真のFunkatierとなるべく
歩を進めなければ────────────────


● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ●


ファン と云う生き物は全く身勝手なもので、彼、彼女達が紡ぎ出す音に
何時までも浸って居られるるものだ…と何故か思い込んでしまうものだ。


大人になる と云う事は、
こうして大好きなミュージシャン達が
次々に彼岸へと去り行く後姿だけを
呆然と見送り続ける事なのだろうか?



7/18/2011

Ahh...The Name Is Bootsy, Baby!


BOOTSY COLLINS
AND THE FUNK U BAND

JAPAN TOUR 2011



来日予定ミュージシャン

Bootsy Collins
T.M. Stevens - bass
Bernie Worrell-keyboards
Joel "Razor" Johnson-keyboards
Dewayne "Blackbyrd" McKnight- gtr
Keith Cheatham- gtr
Frankie "Kash" Waddy-drums
Gary Winters-trumpet
Randy Villars-saxophone
Sarah Morrow Trombone
Kyle Jason - vocals
Candice Cheatham-vocals
Hazel Razzberry Scott-vocals
Brian Hardgroove - bass, gtr, vocals
(出演者に一部変更がある場合があり)


08/12(金)
おとなのファンク・ナイト
OPEN 18:30/START 19:30
1F指定席(前方プレミアム・シート)、スタンディング席
2F 指定席(おとなのファンク・シート)

08/13(土)
サタデー・スターナイト・パーティー
OPEN 18:00/START 19:30
1F オールスタンディング
2F 指定席(おとなのファンク・シート)

詳細:
クラブチッタ川崎


★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★


1991年のライブ。
ディーライトのバックで来日した時は、川崎の古びた市民会館が、
彼の生み出す極太なベースでビリビリとうち震えていた。

1992年のライブ。
渋谷オンエアーでのライブでは終盤ソロでの激アツプレイに陶酔した。
余りの熱演でトレードマークのサングラスが飛び、観る者はKOされた。

1993年のライブ。
ジョージ・クリントン&Pファンク・オールスターズ名義で来日した
折の、深夜に及ぶ怒涛の超ロングライブも忘れ得ぬ経験だった。

1998年のライブ。
赤坂ブリッツでは途中マルチエフェクターが不調に陥り手に汗握る
シーンもあったが、その後の神々しいプレイに卒倒しそうになった。


そしてこの夏、13年ぶりのブーツィー名義でのライブが行われる。
観客の高齢化!?を考えてか、金曜のライブでは1階前方に250席の
指定席が作られる予定だと云うが、先程チッタのサイトで確かめると
非常にけしからん事に指定席だけがSOLD OUTになっていた。しかし、
あの煮えたぎるプレイを目の前にして座っていられる訳が無い。


Youtube


今までも、そしてこれからもあんなにベースを歌わせる事が出来る人間は
ブーツィーをおいて他に誰も居ない!と自信を持って断言出来る。

彼のプレイを見ずしてBassを、そしてFunkを語ること無かれ!



7/03/2011

良くない コレ~? コレ 良くな~い?




何時の世にも有り続け、音楽のジャンルを超えたジャンル。
今回はプロテストソングについて、少しだけ。


プロテスト・ソング(Protest Song)

様々な政治的抗議のメッセージを歌詞に込めた楽曲の総称である。
メッセージソングの一類型。歌唱者たちは、社会的弱者の側に立ち
現政権とその保護を受けて不正を為すものを公然と批判・糾弾した。
歌の力のみを以って権力に立ち向かうところがその真骨頂といえる。

アメリカではウディ・ガスリーやその影響下にあるフォーク歌手によって盛んになり、
フォークソングの主要な一部門となった。60年代前半には公民権運動や反戦運動の高
まりによって特に多く作られるようになり、やがてロックなど他のジャンルにも影響
を及ぼして、ポピュラーソングの歌詞の知的レベルの向上に貢献した。現在では幅広
いジャンルにおいて様々なプロテストソングが歌われている。また時としてスポンサ
ーの苦言・政府の圧力や統制の対象となることを恐れる放送局からは疎まれ、
放送自粛の対象となる。(Wikipediaより抜粋)



例えば?と言われてパッと思い浮かぶだけでもFela Kuti & Afrika 70、
Sly & The Family Stone、Bob Marley & The Wailers、Charles Mingus、
Niel Young、Gil Scott-Heron 等々…書ききれない程の顔が思い浮かぶ。

「音楽のジャンルを超えた」と云うだけあって、曲想や歌詞、プレイスタイルも
様々なプロテスト・ソングだが、一般的に切々と訴える曲やゴリゴリとした強面の
曲が多く知られるが嘲笑と皮肉を込めた曲も又捨てがたい。と言うか、好きだ。


" H2O Gate Blues " by Gil Scott Heron & Brian Jackson @Youtube


- - - - - - - - - - - -


80年代以降話題になるプロテストソングが少しづつ減っている中
最近 動画投稿サイトで再生回数がジワジワと増え続けている曲がある。


" 東電に入ろう" 歌い手不詳 @Youtube


オリジナルは云わずと知れた「自衛隊に入ろう(故・高田 渡)」だが、
元曲に溢れかえってているイイ感じに力の抜けた嘲笑感と強烈な皮肉が
そのまま踏襲されている。但し、TVでは永久に放送されないだろう。


● ● ● ● ● ● ● ●


ライブ告知。
今日、あるグループのデビュー20周年記念イベントが行われる。
彼らのホームページがドエライコトになっている、と人に聞き
開いてみて笑ってしまった。







"NEWS"という欄にはこう書いてある。

スチャダラ2011「オール電化フェア」!!今年もやります小野音!!!

スチャダラ2011の会場となる日比谷公園内にある日比谷野外小音楽堂にて
11時30分開場/開演で、今年もフリーライブを開催いたします。
出演者、内容、タイムテーブルは来てからのお楽しみです。
※当イベントはフリーライブとなっています。満員の場合には
お越しいただいてもご覧頂けない事があります。予めご了承ください。


スチャダラパー自らが編集人となって作る雑誌、『余談』の新作、
その名も『余談LEVEL7』が豪華ステッカー付きで発売されます。
今回も豪華なゲストと繰り広げるハイレベルな余談をお楽しみに!!!
※7月3日の『スチャダラ2011 オール電化フェア』では11:00~13:30の間、
日比谷野外大音楽堂入場口にてスチャダラパーグッズの先行販売を行います。
先行販売はチケットが無くても商品をご購入いただけます。



凄い。攻め込んでいる。
コスプレとイベント名という切り口も、これまた凄い。
齢四十のオッサン(失礼)にして、この軽やかさとアグレッシブさ。

よくない コレ~? コレ よくな~い? よくなくなくなくなくなくな~い?
…という事で(大ネタでごめんなさい)、彼等に敬意を込めて今回告知させて頂いた。



Text by : 電気羊





追記1
上記の画像はつい今朝までスチャダラパーHPのTOP画像として使用されていたのだが、どう云う訳か
レビュー執筆中にフツーの画像に差し替えられてしまったので、キャプチャー画面を使用しました。

追記2
レビュー執筆中にGil Scott Heronが2011年5月27日に亡くなっていた事を知った。
彼について、此処では書ききれない。またいつか改めて書こうと思う。合掌。

6/23/2011

シェルブールの・・・ (リクエストノートより Ⅵ)



先日、初老の男性から
「シェルブールの雨傘を」というリクエストを頂いた。


シェルブールの雨傘 Les Parapluies de Cherbourg
監督:Jacques Demy 音楽:Michel Legrand




"シェルブール雨傘店"の娘ジュヌヴィエーヴと自動車整備工のギィとの恋。
やがてジュヌヴィエーヴは身ごもり、ギィはアルジェリア戦争に召集され
引き裂かれてゆく…という内容のミュージカル映画の主題歌だ。

オープニング・シーン動画 @Youtube

またこの映画は少しだけ政治的なメッセージを含んだ映画でもある。



アルジェリア戦争

54年に勃発したフランス支配からの独立戦争の事。当時多くの若者達が
シェルブール港から戦地に赴いた(後の63年、アルジェリアは独立を果たす)。

この戦争に対しフランス政府は" 忘却政策 "を行い、アルジェリア戦争に
関する一切の報道を規制し過去の汚点として忘れ去ろうとした。しかし
1990年代に入ると記憶の義務運動が起こり、戦争当時の拷問やテロなど
非人道的な問題が取り上げられてマスメディアで報道されるようになる。

これに対し仏政府は2005年2月に「フランスの植民地支配を肯定する法律」を成立させ
アルジェリアの支配を正当化しようとしたが、猛反発を招き 一年後に廃止された。



そういった意味もあるにせよ、まあ普通に
梅雨時に因んだリクエストなのだろうと思っていた。
しかし、件の男性は意外な言葉を継いだ。

「アレヴァ社の本社がシェルブールにあるから」

それは流石に知らなかった… その夜、早速調べてみた。


● ● ● ● ● ● ●



日本とシェルブールの意外な関係

日本は核燃料の再処理をフランスに頼っている。日本の原発で使われた
核廃棄物は日本の港からフランスのシェルブール港に輸送されている。
それらは仏アレヴァ社の再処理施設にて高レベル放射性廃棄物(ガラス
固化体)へと姿を変え、今度は逆にシェルブール港から輸送船に積み
込まれて日本へ運ばれ続けている。場所は青森県の六ヶ所村。




何と云う事だ。「シェルブールの核燃料」とは…
もう少し調べてみたところ、更にこんな事も判った。


・3月11日の震災以降にも係らずシェルブール港から日本に向けて
 MOX燃料(プルトニウム・ウラン混合酸化物)が4月上旬に輸送されよう
 としていたが、自然保護団体の告発により問題視されて急遽延期された。

・日本の電力各社は、仏アレヴァ社に原発のプルサーマル用にMOX燃料の
 加工を依頼しており、これまでに4回フランスから日本へ海上輸送されている。
 このうち1999年の第1回目の輸送で運ばれたMOX燃料が
 福島第1原発3号機で使用されていた。

・四国電力は来月10日に伊方原発を再稼動する為に、
 6月24日にMOX燃料を含む核燃料の装填作業を行う。



今まではカトリーヌ・ドヌーヴの初々しい姿とルグランの
音楽しかイメージしてこなかったこの曲だったのだが…

これからは、そうも行かなくなってしまった。




6/06/2011

聴く側のエゴについて考えてみる



音楽の好き嫌いについては、他人がとやかく口を挟む類の事では無い。

しかし楽曲や演奏に対して何らかの評価を下す場合、人は往々にして音楽そのものでは無く
ある種の" フィルター "を通して音を聴き、作品の善し悪しを判断してしまっている例がある。

この場合の" フィルター "としては、
【演奏者(若しくは作曲者)の生い立ち】
【演奏者(若しくは作曲者)の遺作であること】
【演奏者(若しくは作曲者)が老齢であること】
【演奏者(若しくは作曲者)が人生の岐路に立った区切り】
【演奏者(若しくは作曲者)が何かの理由で健康を害していること】
こんな例が挙げられると思う。

そしてその種の" フィルター "はいつも何処かしら上から目線で語られる。そして
それは肝心の音楽そのものとは関係が無い。それにも関わらず「さあ感動して下さい」
「ハンデを背負った彼(彼女)が頑張っている作品なのだから良いに決まっているのだ」
と云わんばかりの有無を言わせない雰囲気を漂わせている。

また、聴き手側も極めて無造作にそれらの" フィルター "を受け入れ、受け入れている事
にすら気付かない儘に音楽(演奏)の善し悪しを判断したつもりになっている事が多い。

フィルターを通して音楽の善し悪しを決めるなぞ、不純だ。
音楽とはそんなに生っちょろく安いモノではないのだ。と思う。

不遇の者が頑張ったから、素晴らしい音楽なのか。
恵まれた者が産み出す作品は、素晴らしくない音楽なのか。
そんな筈、ある訳が無い。

- - - - - - - - - - - - - - -

先週のgkz氏のレビューを読み進む内に、久し振りに
ある人の姿を懐かしく拝見した。ピアニストの舘野泉さんだ。

────────もう20年以上昔の話になるが、
館野氏の演奏を結構多く聴いていた時期があった。その頃氏は既にフィンランドに
本拠地を移していたものの、来日の度に精力的にバリバリと演奏活動をされていた。

その内 ホールでのリサイタルの他、たまに個人宅で行われるサロン演奏にも顔を出し、
その折のプログラムや氏の話を通じて当時日本ではまだマイナーであったメリカント
(Oskar Merikanto 1868-1924)を始め、北欧の作曲家達の作品にも触れる機会を得た。

……そんな気儘な生活は学生生活の終わりと共に何時の間にか遠ざかってしまっていたが、
何年か前に久しぶりに氏のニュースを耳にした。久しぶりにリサイタルを行うと云う。
その時は懐かしさも手伝い、ひさびさに彼の演奏を聴きに行こうかなぁと思ったものの、
…結局行く事は止めた。

行く事をおし留めた理由は、その伝え方にあった。アナウンサーは舘野氏を「脳梗塞により
右手が不自由になり…しかし不屈の精神で左手のピアニストとしてカムバックを遂げた人」
という、例の" フィルター "を通した伝え方に終始している様に聞こえたのだ。



案の定、彼の名を検索すると" フィルター "を全面に押し出した謳い文句や
「(" フィルター "を通して)感動した!!」というコメントが踊っていた。
恐らくその演奏会には、演奏会場に着いた時点で感動の準備万端の人や
「"感動物語"の目撃者になる自分」に酔いたい人が居るのかも知れない…

それでは肝心の舘野氏が持つ音楽性が無視されているではないか。
「そんな似非ヒューマニズムに塗れた輩(失礼)と一緒にされてはたまらん」
そういう思いが氏の演奏を聴く気持ちを殺ぎ、今日に至っていた。

- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

しかし先週のレビュー画像を眺める内に、思い違いをしていた自分に気が付いた。
「演奏者の経緯や周囲の評価と一切の距離を置き、真っ向からその音楽を
噛み締めようとしない自分も又、実は同じ穴の狢だったに違いない」と。
今迄の頑迷な躊躇いも又 聴く側のエゴ、音楽に対する冒涜行為だったのだ。


そうして、やっと、近年の氏の作品を聴く心境になれた。
さて 何から聴こう。
随分と回り道をしてしまったが、今からとても楽しみである。


5/16/2011

記憶の底の小さな疵(リクエスト・ノートより Ⅴ)


店でピアノを弾いていると、よくある会話。


お客サン:あのー、リクエスト…
電気羊:はい、何でしょう?
お客サン:えーと、、、曲名なんだっけ ウーン
電気羊:んーじゃあワンフレーズだけ歌って貰っていいですか?
お客サン:えーっ(かなりたじろぐ)
電気羊:だいじょぶです、鼻唄で良いです
お客サン:(躊躇いつつ)ララララララララ~ララ~♪ …みたいな。
電気羊:あ、はい(~" Someone to Watch Over Me "を弾く~)
お客サン:あー!それそれw その曲…


こんな時「よく解ったね」と感心される事が多い。しかしこちら側は、実は
鼻歌以外の様々なファクター(直前まで弾いていた曲・お客さん
の年齢層や服装・話し方etc
)を大きなヒントにして推理し、目指す曲の
ジャンルや年代を選り分けて曲名を察知していく事が多い。

たとえ歌って貰えない時でも、やはり上記の手掛りと共に演奏者の性別使用楽器
どんな場面でその曲を聴いたか大まかなテンポ感、曲想(楽しい・悲しい等)
を聞き出して類推していって、その曲に辿り着く事が多い様に思う。

それは丁度、ちょっと前にに話題になった無料ソフト「アキネイター」の
音楽版を地でやっていくようなイメージだ。  アキネイター 


-----------------------------------

ちょっと前に見かけた話題。


質問日時:2010/2/21 10:49:20 質問した人:******さん
曲名を教えてください!ピアノの曲だったと思います。
いきます

ちゃららららんららん ちゃららららんららんらんらん
ちゃららららんららん ちゃららららんららんらんらん
らんらんらんららんらんらんららん ちゃららんららんらんらんららん
ちゃららんららんらんらん ちゃららららん

~回答数:1~

回答日時:2010/2/21 11:06:34 回答した人:*******さん
久石譲のSummerって曲ではないでしょうか。
http://www.youtube.com/watch?v=0ZUdkfI_pDM&feature=related

質問した人からのコメント
おーそれです!!この前テレビで聴いていい曲だと思ってずっと探していました、
ありがとうございます

解決日時:2010/2/21 11:30:04(『Yahoo!知恵袋』より)



当時、この鮮やかな一発解決ぶりはネット上で話題を呼んだ。先程調べたら
この遣り取りがされたページの閲覧数は現在75,222回を超えていた。

この場合も回答のキモは「ちゃららららんららん」だけで無いような気がする。
そのサイトの主力ユーザー層や質問日時、質問者のユーザーネーム、質問当時
TV等でよく流れていた曲etc.が回答を導き出す手立てになったのではないだろうか。

また上記のサイトに限らずYouTubeに日本語で「教えて 曲名」と入れたり
"what's the name of this song" " What's the Title of This Song "
と入れると、夥しい程の多数の音源(解決率はソコソコだが)が出てくる。

-------------------------------------------------------

曲名が解らない、このフレーズ何だっけ、というもどかしさは
心の何処かに置き忘れた小さなささくれのようなもので、誰もが
一度ならず経験していると思う。記憶の小さな疵と云うべきか。

大抵は答えを見つけたりその事自体を何時の間にか忘れてしまったりする。
しかし何の手懸りも無い儘メロディーだけがエンドレステープ(死語)状態で
グルグルと脳内を駆け巡り始めたら、、これはもうご愁傷様という他は無い。

曲名をどうしても知りたい!という人の為に、次のサイトを紹介しておこうと思う。

midomi

このサイトの恐るべき点は 鼻唄検索機能 があるところだ。またSNS機能も
備えておりワールドワイドなユーザー層(と言っても米サイトなので英語圏の人
が多い)がサイト内で楽しんでいる。肝心の「曲名教えて~」については、
洋楽系の問いの方が望みがありそうだ。(参考サイト:Wiki

-----------------------------------------------------


実は電気羊にも長年に渡る「あの曲名、何?」という曲がある。
手懸りは《ヴァイオリンとピアノの二重奏→クラシックらしい》
という推測と、ヴァイオリンのワンフレーズのみ、だ。

その曲は、遥か遠い昔の思い出と結びついている。

ベビーベッドの木の手摺の感触。暖かく澱んだ空気。
ベッドの上でグルグルと廻り続ける玩具(そう言えば
あの玩具の名前は何なんだ!)の微かな記憶と共に、
今もひっそりと記憶の片隅に佇んでいる。

きっと当時、家人がレコードか何かでその曲を何度も
聴いていたのだと思うが、尋ねてもさっぱり解らなかった。
人生でいっとう最初に出会った曲… 記憶の奥の小さな疵。
(今度midomiに登録して唄ってみようか・・・)


-------------------------------------------------------

最後に。つい先日、店でこんな遣り取りがあった。


綺麗な娘サン:あの、リクエストいいですか?
 電気羊  :はい、曲は?
綺麗な娘サン:あ、曲名が出てこない…
 電気羊  :ワンフレーズ唄ってみて?
綺麗な娘サン:それも分からない。えっと、ワタシが前いた店でね、
        毎晩黒人の歌手が歌ってたんだけど
 電気羊  :どんな感じの曲でした?
綺麗な娘サン:うんと、古そうな感じの。レコードから流れるような。
 電気羊  :ほう(スタンダードだと確信しつつ、解らない)
綺麗な娘サン:シックな曲で。その人歌が凄く上手くてさ
 電気羊  :うーん(MistyかTenderly、いやWhat's newか…)

~その時、他のテーブルから" Moritat 宜しく"と
 書かれた紙が回ってきて取り敢えずそっちを弾く~

綺麗な娘サン:それそれ!よく解ったね、凄い!
 電気羊 :ぇ、あっはっはっはっは(えーッッッッ)



時には、こんな解決もある(ラッキー♪と言うか、…何と言うか)。


text by 電気羊

4/11/2011

そして、ひと月が過ぎた朝に



このひと月の間、色んな物を見た。

様々な物が買い占められ、瞬く間に空っぽになった陳列棚。
ガソリンを、米を買おうと並ぶ人の列。
「在庫ナシ」の表示が並ぶ、通販のサイト。
疎らに来る電車に殺到する群衆、強張った顔、顔。。

そして、色んな人を見た。

茫然と立ちすくむ者。我が子の為に水を求める若い母親たち。
悲嘆に暮れる者。PCに釘付けとなり、自分を見失う者。
執拗に安全だと触れ歩く者、同様に始終危機を叫ぶ者。
政府や企業に憎しみをぶつける者、不自由な日常に不満を漏らす者。

団結を呼びかける者、温かい手を差し伸べようとする者。
先の見えない不安や焦燥感に駆られ逃げようと画策する者。
諦める者。そして、少しづつ再生へ歩もうとする者。

そして、このひと月の間に
全ての人をうっすらと覆うある物の存在を感じた。

----------------------------

SURVIVOR'S GUILT(サバイバーズ・ギルト)
ほんの少しの差で生き残った者が感じる、死者に対する否応無い罪悪感。
それはAmazing Grace(リクエスト・ノートより Ⅲ)で書いた知人の姿にも重なる。

今回の場合、災害を目の当たりにした時の圧倒的な無力感と「もしかしたら
助けられたかも知れない」「もしかしたら防げたかも知れない」と思う自責の念が、折からの
"節電"というキーワードに乗って次第に"自粛ムード"へと変化していったのだと思う。

また人に依っては自虐に陥る原因となったり、他者への攻撃性を増す原動力や
"不謹慎" "自重"といった他人の放縦を許さぬ言動となる場合も散見された。

拙ブログも、或いはそうだったのかも知れない。
その結果、毎週の更新が大幅に滞る一因になったのかも知れない。

しかし、ひと月が経った。
少しづつでも以前の生活を思い出し、そこに還ろうとする事が
大切なのかも知れないと思い、今回の選曲となった。

● ● ● ● ● ● ● ● ●

" грузинская песня(1967)"
булат окуджава

グルジアの歌 / 作詞&作曲 ブラート・オクジャワ

ロシア語で「バルド(Бард)」と呼ばれる音楽ジャンルがある。日本では
"シンガー・ソング・ライター"がそれに近いが、元々は吟遊詩人を差していたようだ。
フランスのシャンソニエで歌を歌うスタイルと元々根付いていたロシア民謡の
ミクスチャーとして誕生したバルドは、受け入れられていった、大衆歌だ。

オクジャワ(1924-1997)はバルドの先駆けとなったミュージシャンだ。彼はロシア国民に
広く支持された人だったが、その理由はシンプルで美しい楽曲にあったのだと思う。また
彼は 市井の人々の何気ない暮らしぶりや日々の営みを見つめ続けた人であった。

彼は表現者として余りに不自由な体制下にあっても、200余の楽曲を遺した。
当時の音楽家の例に漏れず彼の楽曲はソヴィエト政府に冷遇され、かなり長い間
正式にリリースされる事が無かった。彼の曲は支持され、その演奏は人から人へと
繰り返しダビングされたカセットテープを通じて次第に全土に広まっていった。


グルジアの歌
" грузинская песня " (YouTube)


葡萄の種を暖かな大地に埋めよう
蔦と熟れた房に口づけよう
そして友を呼び、心に愛を湛えよう
それ無くして、何のこの地上の命

~中略~

妻がドレスを身に纏い 私のために歌う
私は彼女の前に頭を垂れる
愛と哀しみに息絶えても構わない
それ無くして、何のこの地上の命

陽が傾き 大地の隅々に光を投げかけるころ
思い出が幻となり 幾度となく目に浮かぶ
青い水牛がゆっくりと行く
白い鷲、金色の魚が跳ねる
それ無くして、何のこの地上の命

それ無くして、何のこの地上の命
(かなり大雑把な対訳by:電脳羊)

決してドラマティックではない、当たり前の素朴な生活。
そこにある、密やかな感傷や内なる声。そして希望。
そんな一つ一つこそが愛おしむべき存在であるという彼の眼差しが
そのまま曲や歌詞に落としこまれた豊かで美しい楽曲だと思う。


by 電気羊


● ● ● ● ● ● ● ● ●

長らく更新が途絶えてしまった拙ブログ…
本当に少しづつではありますが、更新を再開するつもりです。
(もしかしたら今後も予告無しに更新が遅れる事も有るかもしれませんが…)
これからも、アナヨルをどうぞ宜しくお願い致します。

3/07/2011

自筆の歌詩に込めたもの、アレンジに込めたもの

以前「楽譜についてそこはかとなく思うこと」内で少々無茶な主張をした事があるが、
この前エントリーした田村仁さんの写真展エントリーに付随してもう少し。それから、
その後のマキさんに纏わる話をもう少しだけ。



浅川マキによる自筆の歌詩「グッド・バイ」を見て

照明の写り込み、スミマセン…(撮影許可済)

上の写真はその時に展示してあった「こころ隠して」のマキさんの自筆による歌詩だが、
他にも何曲かの自筆による歌詩がファィル・ホルダーの中に入っていた。その中にアル
バム「マイ・マン+1」の中に収められている「グッド・バイ」の歌詩があった。

この曲の後半部分に「自分にさえも さよならした」という歌詩がある。レコードの中で
マキさんは後ろの辺りをもやもやと揺らぐ煙の様に唄っている(確か、ライブでもそんな
感じで唄っておられたと思う)。その箇所に目が留まった。そこには、こう書かれていた。

自分にさえも  さ、 よ、 な、 ら、 した  


それは、「さよなら」の言葉を意識的にこの言葉を一音節づつ離し、
読点までもがくっきりと書かれた自筆歌詩だった。

曲を演奏する際、いつもいつも曲中の重要なフレーズや気持ちの入った箇所を
そのままストレートに強く弾いたり(又は唄ったり)する事は、実はそんなに
多くない。曲中 本当に重要(だと自分で思う)な部分に関しては、敢えてその
箇所を逆にピアノ(音量を弱く)で演奏したりすることの方が多いように思う。

マキさんにとってのそれが「グッド・バイ」のこの部分であったのだ、
と彼女の自筆の歌詩を見て初めて気付く思いがした。


● ● ● ● ● ● ● ●


一里塚

浅川マキさんに関する催しはこれで一段落なのかな、と思っていたら、
北國新聞社 富山新聞社のサイトにこんな記事を見つけた。(3月4日15時05分付)

アングラの女王、浅川マキさんの願い
後輩が「地元ライブ」 白山市であす 残された曲披露

1960~70年代に「アングラの女王」として若者の支持を集め、昨年1月に他界した歌手浅川マキさん=
旧美川町出身=をしのぶライブが5日、白山市内で開かれる。 旧知のミュージシャン2人が残された曲を演奏することにしており、準備を進める関係者は「天国のマキさんに恥じない音楽を届けたい」と、 まばゆいスポットライトをあえて避けるように歌い続けた女王の面影を追っている。会場となる白山市幸明町のライブハウス「溜まりBAR夕焼け」の店主、本保和之さん(46)が、浅川さんの生前に実現を願いながら果たせなかった「地元ライブ」の実現に奔走した。 本保さんは、音楽を通じて交流があった「めんたんぴん」のギタリスト飛田一男さん=2008年他界=から、 共演者をおじけづかせるほど強烈なアドリブ演奏など、浅川さんの話をよく聞かされていた。生の歌声を聞くチャンスは永遠に失われたが、 本保さんは「追悼とは言いたくない。少しでも多くの人にマキさんのことを知ってほしい」と願う。 ライブに出演するミュージシャンは、金子マリさんとピアニスト渋谷毅さん。2人とも浅川さんのツアーに参加したことがある。 金子さんにとって、迷った時、何時間も相談に乗ってくれた浅川さんは「尊敬する数少ない先輩の一人」だった。 「浅川さんが静かに眠っていらっしゃる故郷へ渋谷さんとご一緒できることは光栄の一言に尽きます。 後輩として少しでも近づけるよう精進していきたいと心に決めています」と、ライブに臨む気持ちを明かした。 ライブ「MARI SINGS ALONG WITH SHIBUYA SAN」(北國新聞社後援)は、午後7時半から。 浅川さんの曲「それはスポットライトではない」などを演奏予定。


もう終わってしまったライブの告知で恐縮だが、ライブ迄の経緯が書かれている
ので記しておこうと思う。彼女は「アングラの女王」ではなくアンダーグラウンド
に棲む人だと思っているが、それはさておいて盛況であったのだろう、と思う。

またFM cocoloという大阪のインターネット放送局では日曜深夜24:00-25:00に
Pranksters' Nightというプログラムがあって、先月の特集として「こんな風に
過ぎて行くのなら~浅川マキに捧ぐ」( ゲスト:久場正憲、渋谷毅、寺本幸司)
という番組を毎週放送していた。これは関東在住&PCスキル不足というこちら
の情けない事情で、結局全く聴けずに終わってしまった。。。

------------------------------

結局、「浅川マキの一周忌」というものは誰にとっても単なる一里塚でしかなくて、
上文中にある本保さんの言葉や金子マリさんの言葉にもあるように(そして年末に
渋谷さんが言っていた様に)、マキさんを知る者にとっての " それぞれのマキ像 "
をそれぞれの形で確かめながらこれからの時を過ごして行くのだなあ、と改めて思う。

そう言えば去年暮れのマキさんに捧ぐ3日間の時、渋谷さんがステージ上から
「もしかしたら、また来年も…」的な事を言っておられた事を思い出した。


又渋谷さんは彼女の生前の頃から今も変わらず「マイ・マン」をよく
とり上げていて、幸い幾度か聴く機会に恵まれている。

そのアレンジだが、イントロ~ヴァース部分に関して変えて弾いていても、
Aメロ~エンディングにかけては、たとえソロピアノであっても渋谷さんは
マキさんと一緒に演奏していた時その儘のアレンジを保っておられる。



by 電気羊

2/06/2011

壁に耳あり、ピアノに目あり


人前で楽器を演奏する仕事、と一口に言ってもその形態は様々だ。

例えばソロでライブ、なんて時には演奏者の存在感はMAX状態だが
バーや飲食店等の"雰囲気モノ"等の場合は、例えソロであっても
"オラオルァ、聴けぇ!"とばかりにガツガツ弾く事は余り無い。

そういう仕事を長年こなしてゆくと、良くも悪くも知らず知らずの内に
技と云うか癖のようなものを色々と身に付けてゆくような気がする。
その中のひとつが「演奏者としての気配を消す」というものだ。

初めてその場(又は店)を訪れる人は、生演奏があると分かると
「へぇ」と興味を持つ人が多いが、同業者や音楽好きの御仁で無い限り
その好奇心は一時的なものである(またそう或るのが望ましいと思う)。

そして、演奏者は(もしかしたら自分だけなのかも知れないが)
少しづつ少しづつ、気配を消すべく弾く時がある。




その方法については今回は言及しないが、それは音符の数や全体を覆うノリや
音量にも左右される事は無い。例えば"You Don't Know~"の様な静かなBALLADも、
或いはDixieland Jazzか何かを大音量で賑やかに弾く時も、同じ事である。

演奏者の気配が薄れ行くに従い、客人達は生音の存在を感じつつも演奏者の
存在を少しづつ忘れてゆく。次第にリラックスし、やがては本来の目的である
「飲み、話し、あるいは読書し、物想いに耽る」という行為に還ってゆく。

その結果、どうなるか。
何時の間にか、その辺にあるテーブルや椅子や壁に架かった絵等と
同化する事に成功したピアノ弾きは、ピアノに向かい曲に集中しつつも、
その場に居合わせた客人達の様子をそっと仔細に観察する事が可能になる。


良く磨かれたピアノの筐体は、人が思う以上に辺りの様子を映し出す─────




バブル後期の頃のクリスマス・イブ。或る店に来た若いカップル。
男がディナーの後に彼女に渡した包みの中はリカちゃん人形だった。
凍りつく彼女、その後の重い空気…

夜更けにフラッと来た、笑顔の無い男と女。
暫く無言で相対した後、女が取り出した離婚届と指輪…

パッと見それと判らない、上等なスーツに身を固めた複数の男たち。
穏やかに酒を酌み交わしにこやかに会話を弾ませ続けてはいるが、
やがてテーブルの下で、何かがそっと手渡しで交換された。
新聞紙に包まれた物と茶封筒、あれは、一体…


窃視? いやいや此れは
ブルジョワジーならぬ「ピアノ弾きの秘かな愉しみ」だ。。




最後に。一度だけ、その「秘かな愉しみ」が破られた経験がある。

数年前、某国の在日本大使館内でのパーティに駆り出された。
どこかの国の偉そうな男達、着飾った女達で賑わうホール。
自分は徐々に気配を消し、そっと辺りの様子を窺った。

…と 暫くして、目立たない柱の影や大きなカーテンの裏で
自分と同様に気配を消したサングラス姿の数人の男が
其処此処にひっそりと佇んで居る事に気が付いた。

何故か前ボタンが開けられたままのスーツ。
その内の一人が向きを変えた時、一瞬見えた物。
それは、皮製のホルスターだった。

そう云えば昔、何かを読んだ曖昧な記憶がある。
確か大使館内は治外法権で、火気の使用は自由だった筈…
そう思った刹那、─────── その彼と、視線がカチリと合った。


流石、同じ穴の狢。
その時ばかりは、その後一心不乱にピアノ"だけ"に集中した。

1/23/2011

関係者でも何でもないけれど・その2



マキさんの急逝から一年が経った。
「追悼」という形でCDや書籍等が販売されているが、今回は特に
近々催される企画について、2つ告知しておこうと思う。


------------------------------------------------


「ロング・グッドバイ-浅川マキの世界-」
&
「浅川マキCD 紙ジャケ再発」リリース記念イベント


生前、浅川マキと深いかかわりを持たれたゲストを招いて、新宿タワー
レコードにて以下のイベントが開催される。詳細は以下の通り。


「ロング・グッドバイ-浅川マキの世界-」
  &「浅川マキCD 紙ジャケ再発」リリース記念イベント

2011年1月27日(木) 20:00~

東京都新宿区新宿3-37-1フラッグス内
@タワーレコード新宿店7F イベント・スペース

フリー観覧によるイン・ストア・イベント「トーク & ミニ・ライブ」
・山木幸三郎(作・編曲家。「かもめ」「ふしあわせという名の猫」等作曲)
・亀渕友香(歌手、VOJA代表。浅川マキとデビュー時からの友人)
・萩原信義(ギタリスト。初期、浅川マキとのセッションは伝説に)

基本的にフリー参加のイベントで、1/18に発売されるオフィシャル本
「ロング・グッドバイ-浅川マキの世界-」か、紙ジャケでリリースされる
CDアルバム10タイトルのうち、一枚をお買い上げの方に参加券
一枚を差し上げます。 参加券お持ちの方にはもれなく、当日、
白夜書房特製「浅川マキ」ポスター(非売品)を一枚進呈します。

問い合わせ:タワーレコード新宿店7F J-POPフロア03-5360-7811


電話で問い合わせた所、現地で上記の本やCDを現地で購入しなくても
誰でも無料で観覧出来る、とのこと。非売品のポスターが欲しい人のみ
CDか書籍を当日現地にて購入すれば良い、という事らしい。

山木幸三郎さんは初期のマキさんにとって凄く重要な存在だったはずだ。
また一時期マキさんの非常に近しい存在であっただろう萩原信義さんは
マキさんについて何をギターで語るのだろう… 尚イベント・スペース
の収容人員は300人程度とのことなので、既に本やCDを購入済みの
人や購入を検討中の人も是非是非お出かけ下さい。。


------------------------------------------------


田村仁 写真展 「灯ともし頃」

田村 仁氏による写真展 浅川マキ「灯ともし頃」 が開催される。
デビュー・アルバム「浅川マキの世界」から始まるアルバム・ジャケットから
最後のピットイン・ライブまで、浅川マキを撮りつづけた写真家・田村 仁
(TAMJIN)氏の写真展。未発表の写真等も展示されるらしいので、こちらも是非。



「灯ともし頃」

2011年2月10日(木)~2月15日(火)

0:00 ~19:00 (但し、15日は、18:00)
2/10 17:00~ オープニング・パーティ

東京都新宿区新宿3-17-7
紀伊国屋書店新宿本店4F
紀伊国屋画廊

問い合わせ:03-3354-7401


田村仁氏にとっての「マキさん」は写真家としての運命を切り拓いた
運命の人、という側面もあるらしい。彼は中島みゆき、吉田拓郎等の
写真を撮り続けた人としても有名だが、彼等は皆マキさんのアルバム
ジャケットを見て田村氏に撮影を依頼した、という経緯もあるという。また
彼が初めて吉田拓郎と出会ったのはマキさんの事務所だった、とも聞く。。