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12/24/2011

redraught: 映画 『スモーク / SMOKE』


【May peace and Joy be yours at Christmas and throughout the new year】
儘にならぬが浮世の常───年の瀬が迫ろうとしております。今回は以前にエントリーした、映画『スモーク/Smoke』の再録になります。決して更新も儘にならずと云うことではありませんよ…。”時は小きざみな足どりで一日一日を歩む”と言う、大変に有り難い映画なのでございます。さて、それでは皆さま、今年一年ありがとうございました。(尚、次回更新は大晦日を予定しています)

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【 SMOKE 】

ブルックリンの小さな煙草屋。常に人が入り浸っている店は、近所の住人たちの憩いの場となっていた──場外馬券売り場の男やミュージシャン志望の青年など。無駄口を叩いては議論とも雑談ともとれる会話を交し合う常連客たち。

映画『スモーク』はニューヨーク庶民の風景、市井の人々が描かれている。淡々とした画面構成の上に実力ある俳優がドラマを演じてみせる。シンプルでいて台詞の”間”が特徴的だ。原作・脚本のポール・オースターは『東京物語』を何度も観たそうだから。この作品では小津安二郎を意識したのかも知れない…それとも監督のウェイン・ワンの方だろうか…どうだろう。

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【 Auggie Wren's Christmas Story 】

煙草屋の主人オーギー・レンは几帳面にも14年間ずっと、毎日同じ時刻に同じ場所で写真を撮り続けている男だ。彼はライフワークのように街角を守る歩哨のように通りに立ち歩き去って行く人々をレンズ越しに捉える──。四千枚を越える数の写真は、一見すると同じに見えるし、何も変わらぬように見える。オーギー・レンはゆっくりと注意深く写真を眺めることを示唆する。そして呟くのだ「明日、また明日、また明日と」

物語と呼ぶべきものへの断片。実際には一枚一枚が異なる一瞬──写真というのはそれを捉えている・・・そういうことだろうか。

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【 Innocent When You Dream (Barroom) 】

映画本編の見所はクリスマスにまつわる話が語られる終盤のカフェでの場面だろう。長い台詞が時間にして10分以上も続くシーンだ。ライフワークとなった写真、その撮影に使うカメラ。そのきっかけとなった秘密について──オーギーは全て語り終えると一本の煙草を取り出し温和な表情で静かに笑ってみせる。

それから火をつけるライターの音を合図に緩やかなワルツのリズムが背後に流れ出す。トム・ウェイツの歌声が被さり、そのまま白黒フィルムに変わり物語はCodaへと移行していく──"酔いどれ天使"と聖なる夜の饗宴。

・・・・・・

この箇所は実際に1990年のクリスマスの朝、ニューヨーク・タイムズ紙に掲載された『オーギー・レンのクリスマス・ストーリー』を忠実に再現しているのだろう・・・他のシークエンスとは異なった質感が面白い。

広角からアップへと変化する映像は人物の内面や葛藤が明らかになる様子と呼応し人と人が互いに親密となり共感し合う──そんな様子をも表していると思う。

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『Smoke』(1995) Directed by Wayne Wang, Paul Auster
「物語の終わりには誰もが最初に較べると少しは幸せになっている。悲劇だと舞台の上で死ぬことになるが、喜劇では皆がまだ持ちこたえていて続くんだ。良いことも起きるし悪いことも起きる。そう そして人生は続く」

ポール・オースター

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参照資料
『スモーク』 DVD 監督 ウェイン・ワン
主演 ハーヴェイ・カイテル ウィリアム・ハート
『スモーク&ブルー・イン・ザ・フェイス』
ポール・オースター 著, 柴田元幸 翻訳, 新潮文庫
『翻訳夜話』 村上春樹 著, 柴田元幸 著, 文春新書
『Switch 1995/7 』 スイッチ・パブリッシング
『フランクス・ワイルド・イヤーズ』 CD
トム・ウェイツ ISLAND RECORDS
『トム・ウェイツ ピアノ曲集』 楽譜 ケイ・エム・ピー


by gkz

11/17/2011

アメリカの夜 / La Nuit Américaine


監督・脚本・演出フランソワ・トリュフォーによる”映画の撮影現場”の映画───『アメリカの夜』1973年公開。翌年、日本公開時の邦題としてつけられたサブタイトルは”映画に愛をこめて”。その後 違う題名がついた時もあったそうだが、今はこれで定着しているらしい。ストレートだが悪くないと僕は思う───。

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【 La Nuit américaine as Day for Night 】
オープニング・タイトル───バイオリンの調律する音が聞こえる。───黒い画面に2本の光の帯が見える。光の帯は波のように膨らんだり縮んだりとバイオリンのチューニング音に合わせて変化していく。それらと同時に次々と出演者やスタッフのクレジットが画面を流れる。とてもシンプルな画面構成だ。

暫らくするとどこからか男の声が聞こえる「静粛に。譜面を良く見て正確に」。これは作曲者のジョルジュ・ドルリューの声だという。そうこうしている内に弦の音は増えていき、やがてオーケストラ風の重厚な響きになる。音量が大きくなるにつれて光の帯は太くなる。

また、声が聞こえる「譜面をよく読んで。そうそう。ゆったりとしたテンポで」。光の帯は一層太くなる「フェルマータに注意。そう。最後の音にはアクセントを」。ここでは音響が印象的な帯状の模様となっていて、それがまるで生き物のように視覚的に表現されていて面白い。センスと言うか遊び心を感じる。

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やがてアコーディオンの音色がオーケストラに重なる。一瞬にして物悲しい雰囲気に包まれる。だがそれもつかの間、しばらくすると音は跡形もなくすっぽりと消えてしまうのだ。固まったような無音の画面─────そこには古い映画のスチール写真が一枚・・・

Ce film est dédié à Dorothy et Lilian Gish.と手書きのメッセージが添えられている。調べてみるとD・W・グリフィス監督への献辞だという。特にグリフィス映画のヒロインだったリリアン・ギッシュに捧げられている。後にトリフォーは文章で述べている。

リリアン・ギッシュ───いまにもこわれそうな繊細な美しさに輝く肉体から見えざる不思議な力が静かに溢れ出ることの奇跡。彼女は両極端を見事に融和させる天賦の才を持っている───チェーホフとT・S・エリオットを、成熟と幼稚を、自然さと気取りを、演劇性と非演劇性を。だからこそ、私は心を込めて私の映画『アメリカの夜』を彼女に捧げたのである。───それは映画そのものを主題とした映画だったから。 ~ 『フランソワ・トリュフォー映画読本』 山田宏一 著 平凡社より ~
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【 François Truffaut 】
映画監督とは何か

『アメリカの夜』にはトリュフォー本人も俳優としても出演している。勿論、映画監督の役柄だ。本編を通して観て判ることは、映画監督というものは絶え間なく質問を浴びせられる存在だ、と云う事だ。

例えば撮影所のオープンセットをトリュフォー演ずる映画監督が歩くシーンでは、監督の許へと入れ代り立ち代りに衣装係・製作部・助監督・美術・メイクアップ・プロデューサー・小道具係と、大勢の関係者やスタッフが質問しにやってくる。その全てに指示を与えつつ、監督の脳裏では別の考えが渦巻いている・・・そこでのモノローグが秀逸だった。

「映画の撮影というのは、いわば西部の駅馬車の旅に似ている。美しい夢に溢れた旅を期待して出発するが、すぐ期待は失せ、目的地に到着出来るかどうかさえ心配になってくる・・・」 ~『アメリカの夜 ある映画の物語2』フランソワ・トリュフォー著 ~
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作品中、映画監督は撮影の進行を妨げる関係者の揉め事や予算やスケジュールの難航といった数々の出来事に悩まされる。しかし困難な状況に追い詰められながらも監督は他人を気遣い、撮影スタッフを盛り上げるのだ・・・まるで笑いは人生の糧とでも言うかのように。

和気藹々のムードで映画を撮る───それこそが人生最大の喜び。これがフランソワ・トリフォー自身が最も切望したことなのかも知れない。何故ならばそれは、夏休みの林間学校の思い出───幼少期の最も幸福な記憶へと結びつくからだと云われている───。

by gkz


参照資料
『アメリカの夜 ある映画の物語2』
フランソワ・トリュフォー 著
山田宏一 訳 (1988) 草思社
『フランソワ・トリュフォー映画読本』
山田宏一 著 (2003) 平凡社

9/11/2011

September Eleventh


Ground Zero

先日、マンハッタン島の南部、かつて海岸が埋め立てられた場所で18世紀の木造船の船尾が発掘されたというニュースがあった。National Geographic News 8月31日

世界貿易センター跡地周辺の土地はその昔、ニューヨーク州を流れて大西洋に注ぐハドソン川を航行する船舶の停泊地だったという。発掘された木造船はハドソン川を行き来した帆船、或いは独立戦争時の輸送船ではないかといわれている。考古学的な検証はこれからになりそうだ。

いずれにしても、アメリカの貴重な歴史を伝えるであろう遺物が偶然にも”グラウンド・ゼロ”の再開発で発見されたとはなんとも・・・予想だにしていなかった事だと思う。あの同時多発テロから10年の歳月が過ぎた───、そういえば事件直後に全米で放送されたチャリティー番組 『アメリカ:ア・トリビュート・トゥ・ヒーローズ/ AMERICA:A TRIBUTE TO HEROES 』 あの時のニール・ヤングのパフォーマンスは今も忘れられない

僕は以前のエントリーで『25時』という映画について書いた。3月の震災以後しばらくこの作品についてあれこれ思い、今また、考えた上で再録したいと思う。(手抜きである旨についてはお詫びします)

映画『25時』は911の後、間もないニューヨークを舞台にしたスパイク・リー監督の作品で、エドワード・ノートンが主演。他にフィリップ・シーモア・ホフマン、バリー・ペッパーらが競演している。それまで人種的な論争や政治的な話題が多かったスパイク・リー監督のキャリアの中でも異色の作品だと思う。原作はデイヴィッド・ベニオフ───
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25th Hour
~"25th Hour" a film directed by Spike Lee (2002)~
” 決して振り返るな 昔の人生は忘れろ
電話も手紙もダメだ 二度と戻るな
新たな人生を築き 存分に生きろ
約束されていたはずの人生を

そしていつか 真実を話してやれ。
お前が一体何者で 何処から来たのかを
すべて話してやれ そしてこう言うのだ、
皆でこうしている事が 如何に幸せか

お前たちは存在しなかったかもしれない
この人生は幻かもしれなかったのだ ”


~『25時』台詞より抜粋~

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Music by Terence Blanchard *

冒頭、ニューヨークの夜景に二本の光が浮かび上がる。空にまで届く大きく眩い光。始めは何のことだか分からないが……やがてモニュメントの意味だと理解する。これはCGではなくて実際の映像だという。こうしてマンハッタン島に”幻”の世界貿易センタービルが聳え立つところから、この物語は始まっている。

バグパイプの通奏音がゆっくりと鳴り響く、そこにアラビア風の歌唱が旋回するようにして重なる──不協和音、そして軍楽隊の太鼓の重低音がすべてを切り裂くように轟く…音楽担当はテレンス・ブランチャード。本来トランペッターである彼だが、全編に渡りスコアは重々しい仕上がりとなっている。

登場人物の背後に写り込むグラウンド・ゼロの瓦礫の山、作業員たちとショベルカーのショット、或いは犠牲となった消防士たちのプレート類、街中に掲げられた星条旗など、先に述べた冒頭部を含めてこの映画では実際の映像が多く使われているのが特長だろうか…。今現在とは違った撮影当時のニューヨークのシリアスな様子や雰囲気がよく分かる。

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Written by David Benioff
~"The 25th Hour" is a novel by David Benioff (2001)~

主人公は収監されるのが決まっていた。その刑期は7年。自由でいられるのはあと24時間。刑務所でハンサムな若い白人男性を待ち受ける運命は恥辱に満ちているという・・・彼に残された選択肢は1 服役、 2 逃亡、 3 自殺、、、絶望を抑えながらも主人公は愛する者たちと淡々とした一日を過ごす。やがてパーティーの夜が明け、彼が親友に懇願したこととは?そして最後に父親が彼に申し出たこととは・・・

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最後に、一日は24時間である。過ぎれば必ずゼロに戻る。音楽の話をすれば、いわゆる西欧音楽の世界は構造上、長・短調すべて合わせて24調である。さて、この作品タイトルの”25時”とは時間表記でよく便宜的に使われているのとはまったく違う意味だ。”午前一時”の事ではない。

では?”25番目の時”の意味とはなんだろう・・・・・・




3/01/2011

夢のシャボン玉 / I'm Forever Blowing Bubbles


【 Introduction 】

先月の話になるが……拙エントリーにてウディ・アレンの映画
『 ギター弾きの恋 』を取り上げた。その際、ショーン・ペン演ずる
主人公が口のきけない女の子にギターを弾く場面について───、
僕は下手な絵を四つほど描いては色々と適当な事を述べている。

その中で、”夢のシャボン玉 / I'm Forever Blowing Bubbles”
について幾らか割愛してしまったので、それを今回少し記してみたい
と思う・・・とまあ早い話、その時に描いたまま未使用の絵がある
ので、それを流用がてら簡単に曲の紹介をしようと思う。

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I'm Forever Blowing Bubbles by Arthur Adolph Harpo Marx (1888~1964)【 I'm Forever Blowing Bubbles 】

夢のシャボン玉───映画『 ギター弾きの恋 』において使われた曲は、
それがウディ・アレンが賞賛して止まない喜劇役者マルクス兄弟、中でも
ハーポ・マルクスの持ち曲だった事にも大いに関係しているのだろうが……
兎にも角にもとても印象に残る曲である。映画のハイライトはここですよ
と観てる側に理解させるのに十分な役割を果たしているだろう。

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オリジナル曲の発表は1919年というから第一次世界大戦後のパリ講和会議の
ヴェルサイユ条約が締結された年、───日本だと大正八年にあたる。
まあ、相当に古い曲と言えるだろう。因みに作風の模倣”パスティーシュ”
があるかは別にして・・・野口雨情作詞・中山晋平作曲の有名な童謡
『 シャボン玉 』は大正十一年(1922)の発表である。

僕はフットボールには詳しくないのだが…この『 夢のシャボン玉 』は
英国のクラブチームのサポーター・アンセムとして歌われていて有名らしい。
YouTube上に野太い声での合唱の動画が多数散見されるではないか……。
そうか・・・。さて、古い曲なので著作権も失効していると解釈して、
最後に歌詞のようなものを簡単に記して終りにしようと思う。

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夢のシャボン玉

僕はいつだってシャボン玉を吹いてる
ふわふわと空中に浮かぶ虹色の玉

どんどん高く飛んで 
もっともっと空まで飛んで ・・・

いつのまにかこわれて消えるけど
僕はいつだってシャボン玉を吹いてる
ふわふわと空中に浮かぶ夢の玉

I'm forever blowing bubbles Pretty bubbles in the air.
They fly so high Nearly reach the sky,
Then like my dreams They fade and die.
Fortune's always hiding I've looked everywhere,
I'm forever blowing bubbles Pretty bubbles in the air.
Sorta goofy but sad too.

" I'm Forever Blowing Bubbles "
John Kellette / Jaan Kenbrovin (1919)


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Woody Allen and his New Orleans Jazz Band ── Allen Stewart Konigsberg(1935~)

補足: マルクス兄弟

チコ、ハーポ、グルーチョの兄弟はニューヨーク市・マンハッタンのヨークヴィル
地区のスラム街(ドイツ系ユダヤ人居住地区)で生まれた。諸説あるが長兄チコが
1889年、ハーポが1891年、グルーチョは1895年生まれとなっている。

彼らが十代のうちに学業を投げ捨ててヴォードヴィル(米国における娯楽興行)の
世界に走ったのは、旅回りの手品師の娘だった母親の影響からだと云われている。
舞台生活に憧れた母親は手始めにチコにピアノを習わせ、ハーポにハープを与える。
それからグルーチョをテノール歌手に仕立てるなどして兄弟でチームを組ませた。

厳しい巡業生活を続ける内にやがて彼ら兄弟は音楽よりもむしろ即興芸、喜劇に
よって人気を博する事になる。そして出演した舞台『ココナッツ』がロングラン
となり、その映画化に伴い1929年にパラマウント社と契約をする。
マルクス兄弟を二十世紀最高の喜劇役者であるという声は少なくない。


by gkz

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参照資料
『 マルクス兄弟のおかしな世界 』 ポール・D・ジンマーマン 著 
仲原弓彦 永井淳 訳 晶文社 1972年
The Marx Brothers At The Movies : Paul D.Zimmerman and Burt Goldblatt
『 ウディ・アレン バイオグラフィー 』 ジョン・バクスター 著 
田栗美奈子 訳 作品社 2002年
Woody Allen A Biography : John Baxter
『 Wild Man Blues 』 re-recorded selections CD BMG 1999

1/18/2011

映画 ギター弾きの恋 / Sweet and Lowdown


【ミニシアター】

ミニシアター───
少し前にはミニシアター・ブームと云われる程、街に映画館が
次々とオープンしてはそれなりに隆盛を極めていたと思うが
───周知の通り閉館・休館のニュースが相次いでいるのが現在の状況だ。

閉館の要因については色々な理由があるのだろう。
それは個人の嗜好の変化やDVDやBlu-ray、ダウンロードと
いった取り巻く環境の変化であるとか、或いは、日本社会の
構造的な問題や時代の変化といった所だろう……
今後も小映画館が閉館する事態は続くのだろうか。

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"Sweet and Lowdown" written and directed by Woody Allen (1999)

【恵比寿ガーデンシネマ】

2011年1月28日、金曜の夜7時からの最終回の上映をもって
恵比寿ガーデンシネマが18年間に渡る歴史に幕を下ろすことになる。

開館以来240本の作品を上映していた劇場の最終上映作品は
ポール・オースター原作の『スモーク』('95)とウディ・アレン
監督・脚本の『人生万歳!』('09)の予定になるという。

『スモーク』は確か25週間のロングラン上映をしていたと思うので、
最後に相応しい……恵比寿ガーデンシネマを代表するような作品だろう。
以前、拙ブログにて書いたこともある。

::

ウディ・アレンは一年に一作品といった彼の製作スタイルもあって
とても多作だ。『人生万歳!』のような近年の作品も取りこぼさず
公開してくれることは、アレン映画のファンには有り難いことだろう。また、
28日には『さよなら、さよならハリウッド』('02)の上映もあるようだ。

恵比寿ガーデンシネマで観たウディ・アレンの映画───その中から、
『ギター弾きの恋』('99)について少しだけ記してみたい───、

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『 ギター弾きの恋 / Sweet and Lowdown 』
written and directed by Woody Allen (1999)

” Emmet Ray was considered second only to the great Django Reinhardt
and is best known by jazz aficionados. ”~ Sweet and Lowdown より~


【ギター弾きの恋】

フェリーニの"道"、伝説のギタリストのジャンゴ・ラインハルト、そして
マルクス兄弟、───映画「ギター弾きの恋」はそれらへのオマージュと
言えるだろう。崇敬や尊敬の念というよりはむしろ偏愛に近い気もするが……

ジプシー・スウィンギンなギターがまた小気味良い。そんなウディ・アレンの
こだわりが惜しみなく込められた、どこか切ない架空のジャズ伝記物語だ。

ショーン・ペン演ずる主人公は素行の悪いギタリスト。音楽にしか
痛みを感じない身勝手な男だが、ギターに関しては天賦の才能を持つ。
ギターだけが彼の恋人であり彼のすべてだ。ろくでなしの天才……
つまりは典型的なアーティストというとこだろうか。

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"Sweet and Lowdown" written and directed by Woody Allen (1999)

【夢のシャボン玉】

主人公のエメットが口のきけない彼女に贈るようにしてギターを弾く場面がある。
使われた曲は、それがハーポ・マルクスの持ち曲だった事にも大いに関係している
のだろう……とても印象に残る曲でここが映画のハイライトだと思う。それは
” 夢のシャボン玉 / I'm Forever Blowing Bubbles ”という曲のインストゥルメンタルだ。


しなやかで優しく包み込むような演奏。物語の最後でも再度、彼は同じ曲を弾くことに
なるのだが・・・芸術に潜む"業"と人生の儚さを身を持って知る羽目になるのだ。

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"Sweet and Lowdown" written and directed by Woody Allen (1999)『 ギター弾きの恋 Sweet and Lowdown 』
監督・脚本 ウディ・アレン Woody Allen
主演 ショーン・ペン Sean Penn
サマンサ・モートン Samantha Morton
製作 1999年 米国
日本初公開 2001年3月17日 恵比寿ガーデンシネマにて


by gkz

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参照資料
『 ウディ・アレン 映画の中の人生 』 リチャード・シッケル 著
 都筑はじめ 訳 エスクァイア マガジン ジャパン
『 ミニシアター・ガイド 』 エスクァイア マガジン ジャパン

補足 

恵比寿ガーデンシネマ 上映スケジュール

Sweet and Lowdown サウンド・トラックス (英語)

12/20/2010

映画 ロッキー・ホラー・ショー / The Rocky Horror Picture Show


The Rocky Horror Picture Show (1975) written by Richard O'Brien【女装/ドラァグ・クイーン】

はじめに昔の話。僕の中ではちょっと前の話だが────
1990年代の真夜中の東京。新宿二丁目や渋谷の円山町といった
猥雑なエリアのクラブではよくハウス・ミュージックやテクノ
といった流行の最先端の音楽とともにタトゥーやボディ・ピアス、
SMショーを売りにしたイベントが数多くあった。

その当時、怖いもの見たさというのか…… 好奇心も手伝って
幾つか観に行った覚えがある。そして中には出演者なのか?どうなのか、
たいていどのイベントにも決まって女装した人が居た気がする。すごく曖昧だが……。

::

【道化としての女装】

濃い化粧と派手な衣装で身を纏い、それこそ美しく着飾っていたが、
皆、ヒールを履くからだろう。どう見ても背が異様に高かったから、
傍目にも女性ではないことが分かった。

それでも満面に笑みを浮かべて、はしゃぐ姿は、見ていても
なんだかとても楽しそうだった。と、そう記憶している。
その嬌声は多少なりとも…… 野太い声ではあったが────。

The Rocky Horror Picture Show (1975) written by Richard O'Brien【ハレの日の舞台効果としての道化者】

作家・大竹昭子の著作『図鑑少年』の中に、路地裏にある
薄暗いバーでの不思議な出来事を物語にした短編がある。
”赤い爪”というタイトルだ。その作品の中では作家である主人公が
ひょんなことから女装専門誌に載ってた一枚の写真を思い出すのだ。
少し引用してみる────

” それにしても不思議な色気が感じられる写真だった。
一度見たら焼き付いてしまうような輝きを発していた。

妖艶でありながら、うららかさが漂っていた。張りつめた緊張が
生気となってほとばしり出ていた。神経が服を着て歩いているような
あの男が、こんなに快活な表情を見せるのが信じられなかった。

女の格好をするだけでこんなにも生き生きするものだろうか。
私は見知らぬ世界に踏み込んだようなたじろぎを覚えた。 ”

~ 大竹昭子 著 ” 赤い爪 ” 『 図鑑少年 』 小学館(1999) より ~


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【穢れかそれとも畏敬か】

普段は几帳面過ぎてどこかピリピリとした ~ そんな他人に対して
窮屈そうな印象を与える男。ここではそんな彼の豹変したような姿と
それに驚く作者の心理状態の丁寧な記述が面白いと思う。

The Rocky Horror Picture Show (1975) written by Richard O'Brien【道化の社会史】

ここでいったん、ヨーロッパ中世での祝祭での道化者たちについて
記述があるので紹介したいと思う。『道化の社会史』 S・ビリントン 著
 石井美樹子 訳 平凡社(1986)より引用────

” 今日まで、多くの村や町に、正道をはずれた習俗が存続している。
そういうところでは、あらゆる聖祭日に、奔放な女たちや馬鹿な若者たちが
集まり、教会の庭で、淫らで悪魔が喜びそうな歌を夜通し歌う。そして、
輪踊りを率いて教会堂の中に入り、恥知らずな遊びを繰り広げる。 ”
Thomas of Chobham,Summa confessorum, 英国 神学者 トーマス『告白大全』(1220)

聖職者と俗人の道化集団────はたして教会の暗黙のもとで
行われる祝祭があったというのだろうか……。どうだろう。

これとは別に1280年頃、フランスの神学者が道化には共通の
要素があるという論文を書いている。それによると、
あらゆる罪は内面と外面の両方の形であらわれるということだ。

例えば最大の罪である「傲慢《プライド》」には二つの外面的な
特徴があるという。一つは身を飾り立てることであり、
もうひとつは身を露出することである。

ヨーロッパ民衆文化史への理解には自信が無いが、
うん。これは何だか分かるような気がする。

::

【乞食者《ほかいびと》と共同体】

更に────、田之倉 稔の著作 『ピエロの誕生』
朝日新聞社 (1986) によると道化について興味深い意見が
書かれている。次に間単にまとめて紹介してみよう。

The Rocky Horror Picture Show (1975) written by Richard O'Brien【漂白の芸能者】

道化とはハレの日の舞台効果を増幅させる役者として
共同体では不可欠な存在として認識されている。
排除されるだけではなくそれらは赦される。

なぜなら彼らが定住することのない漂白者、負の世界のヒーロー
としての芸能者であり、共同体を喪失した敗者であるからである。

それは祭り捨てのようでもある。人々はたとえ意識せずとも道化の姿に
”罪・汚れ・災い・悪・影”の匂いを嗅ぎ取っていなかったはずはあるまい。
すなわち共同体の災いを背負って去っていくスケープ・ゴートである。

::

そして田之倉稔は道化に対して”憐憫”という単語で考察を続ける。
引用してみる────。

” これは憐憫という社会的に優位にあるものに認められる情動であろう。
それは一方で自らの定住性にたいする確認でもある。

われわれの共感は定住者の贖罪の意識と自己の位置の正当性の
確認からきている。「ほかいびと」と古代の共同体との関係は、
現代にあってもなお、その傷跡を残していることになる。 ”


::

長くなりました。いつも引用ばかりですいません。
拙レビューを読んでいただきありがとうございます。
最後にもうひとつ引用を……

” そしてこんにち地球の表面には
人間と呼ばれる生き物が 
ひしめき、はい回っている

時間の中を 宇宙の中を 
そして意味の中を ・・・ ”

映画 ロッキー・ホラー・ショー より


by gkz

10/17/2010

”身体に幽閉された男たち───”
映画と漫画に見る ノワルティエ・ドゥ・ヴィルフォール氏の幻影



【 Monsieur Noirtier de Villefort 】

” そこには、かつてこの人の肉体と精神のなかに充満していたあらゆる活動力、
あらゆる巧智、あらゆる力、あらゆる智力が集中されていた。なるほど、もはや
腕を動かすこともできなくなっていた。 だが、この力づよい眼ざしこそは、 
それらにじゅうぶんとってかわっているものだった。老人は、なにか命ずるにしても、
礼をいうにしても、 すべてこの眼によってやった。 まさに、 
生きた眼をもつ死骸とでもいうようだった。 ”

Alexandre Dumas / Le Comte de Monte - Cristo
~ アレクサンドル・デュマ 作 『 モンテ・クリスト伯 ( 1844 ) 』 山内義雄 訳 より ~



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” 潜水服は蝶の夢を見る / Le Scaphandre et le Papillon ( 2007 ) ”【 Locked-in syndrome 】

” 鋭い目をした生ける屍、すでに棺桶に片足を突っ込んでいる男。重度の身体障害者
として、デュマに描かれたこの男が引き起こすのは、憧れではなく、戦慄だ。最も重大な
秘密を握っているが、口がきけず、まるで無力で、小さなキャスターつきの椅子に乗って
打ちひしがれた日々を送り、何かを伝える時は、まばたきだけがことばのかわりだ。一度の
まばたきなら「はい」、二度なら「いいえ」。だが孫娘からは、愛情をこめて「お祖父さま」
と呼ばれている。彼こそ、文学の中に登場した最初の、そしてこれまでのところ唯一の、
ロックトイン・シンドローム患者ではあるまいか 。

僕は、倒れた時に迷い込んだ深い霧から戻ってきて以来、この「お祖父」さまのことをよく考える。
なにしろ、 『 モンテ・クリスト伯 』 をちょうど読み直したばかりだったのだ。 そうして気づいて
みると、自分はその本の世界のただ中に、しかも最悪の状態で、来てしまっていた 。 ”

Jean-Dominique Bauby / Le Scaphandre et le Papillon ( The Diving Bell and the Butterfly )
~ ジャン=ドミニク・ボービー 原作 『 潜水服は蝶の夢を見る ( 1997 ) 』 河野 万里子 訳 より ~



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” ジョニーは戦場へ行った / Johnny got his gun ( 1971 ) ”
【 Morse code 】

” 彼はいま、おれのたたき方にはちゃんと原則があるんだ、ということを示そうとして、
注意をはらい、ゆっくりとたたいている。看護婦がMの字を彼の胸に何度も何度も書いて
くれたと同じように、彼はいま危険信号を彼女へ送りかえしている、だがゆっくりとだ……
まったくおそいたたき方で。 トン・トン・トン トーン・トーン・トーン トン・トン・トン。
SOS。HELP。彼はそれを何度もくり返した。信号を送り終えるとしばらく休む。看護婦が
疑問符の区切れをつけたように、彼もまた疑問符をつけたのだった。 彼は動きをやめて、
彼にそなわったすべて── 髪、マスクの上にある半分の額── をつかって待ち受けた。

Dalton Trumbo / Johnny Got His Gun
~ ドルトン・トランボ 原作 『 ジョニーは戦場へ行った ( 1939 ) 』 信太 英男 訳 より ~



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” BLACK JACK : 信号 / The Language Of Breath ( 1977 ) ”
【 11 と 5 】

手塚医師
「 な…… おかしな呼吸だろ 」

ブラック・ジャック
「 たしかに はく時だけ異常だ 」

手塚医師
「 しかし アンクスト/苦痛 はないみたいだぜ 」

・・・ 中略 ・・・

手塚医師
「 よく見ると一回の呼気がまん中で中断するんだ……
そして前半と後半がそれぞれ こきざみにわかれる 」

ブラック・ジャック
「 あの患者はいっさいの随意運動が止まっていて
自由になるのは呼吸だけ とするとこの奇妙な呼吸は
 もしかして 患者の信号じゃないか? 」

手塚医師
「 じょうだんじゃない 患者は理性のかけらも意識も
ないんだぜ そんな信号なんか送れる状態だと思うかい? 」

ブラック・ジャック
「 しかし げんに彼は生きてるんだ 
だから可能性はないとはいえん!! 」


Osamu Tezuka / The Language Of Breath
~ 手塚治虫 『 ブラック・ジャック / 第176話 』 より ~



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by gkz

9/26/2010

~Interlude ~ 色川武大 原作 『 明日泣く / I'll Cry Tomorrow 』



” 映画 『 明日泣く 』 ”

監督 内藤誠
原作 色川武大
音楽 渋谷毅

” 泣きを見る人生なんて、イヤ。男も音楽も好きなように、
好きなだけ渡り歩く人生を貫いて見せた女と、書けない小説家の男。
そんな二人が再会して始まる、ジャズ・ラブストーリー。 ”

~制作会社 HPより 2011年春公開予定~



【 Takehiro Irokawa 】
” 当て振り ”という言葉がある。

楽器を弾いてる素振りのこと ── 逆の見方をすれば、演奏の吹き替えと言ったら良いのだろうか …
例えば、映画で俳優がミュージシャンを演ずるとしよう。演出の上でどうしても演奏シーンが
必要な場合、これは実際には別の人が弾く。プロの役者とはいえ専門外なのだから当然のことだろう。
それにプロ・ミュージシャン並みの演奏などそもそも無理な話だ。

ピアノを例に挙げると、具体的に性別・年齢の近い人、手の大きさ、型、皮膚の色や皺の感じが
似た人が吹き替えを担当するらしい。状況によっては、あらかじめ音の出ないように細工した
ピアノを用意するとも聞く。まず役者の表情と手の動きを撮り、それから後で音を重ねるという寸法だ。

::

その当て振り ──
前回の拙レビューで映画 『 愛の調べ / Song of Love 』 (1947)を取り上げた。その際、
改めて観直したりしたのだが・・・つくづく演技と音楽の見事な出来栄えに驚いたものだ。
演奏を担当したルービンシュタインの音楽は紛れも無く本物であり、また、当て振りをする
女優の弾きっぷりも素人目には本物の様に思えた。その演技には風格さえ感じられる程だったのだ。

前置きが長くなってしまった。
その、日本ジャズ界の至宝と呼ばれる方が居る。日本アカデミー賞の最優秀音楽賞した
作曲家であり、現役ジャズピアニストでもある。その人がたまたま映画の当て振りを
しているという話を、偶然に耳にして不躾にも御本人に聞いたことがあるのだ。

::

【 short novel " I'll Cry Tomorrow " 】
※ 記憶を元に書いたので、以下、事実と異なる場合が大いにあります。
あくまでも僕のフィクションだと思って読んでください。


::

【 Shibuya Takeshi 】

「 難しいんだよね。俳優が少しはピアノ弾ければ良いんだけど。 
演奏を撮っといて、格好なんか似せていかないといけない 」。

── 映像より音が先なんですか?
「 音が先。 ピアノ弾けない人の映像に合わせては、
ピアノ弾けないじゃない? まあ、逆も難しいんだけど。
音楽を撮るときにその指のところをこう、指の動きだけは撮って 」。

── 成る程、そうですよね。
「 他に方法ないじゃない? その人がピアノ弾けるようになるまで、
十何年掛かっちゃう訳じゃないですか?もしちゃんとやるとしたら。 
分かんないけれど。十何年掛かっても出来ないかも分かんないしさ。
話が、10代の頃から、ずうっと30代ぐらいまである訳だから・・・ 」。

── 確か、色川武大さんの原作の …
「 うん。そうそう。 そんなにね、なんか、だから編集技術かな、   
これから先は。まだ撮影してるから、監督が上手く編集出来るか・・・ 」。

── そういえば、昔キャサリン・ヘプバーンが
クララ・シューマンの役をやった映画が … 
「 あのね。アメリカ映画なんかを例に出しちゃいけない。 
向こうのやり方はもっと徹底してるから   」。   

── すごい合ってるんですよ。
「 もちろん。俳優がそのまま弾いてるんじゃないかと思うくらいでしょ?
 日本はそんなこと出来ないですよ。 お金もないし (笑)  」。 
~ 西荻窪 アケタの店にて ~ 



by gkz 




9/19/2010

映画で語られる ” クララ・シューマン / Clara Schumann ”


【 クララのピアノ 】

::

温度調節された館内は八月にも関わらず、そこだけひんやりとしていた。外は日差しが
照りつける盛夏。 先程から博物館の職員が歩きながら楽器の説明をしてくれている。
職員はやがて一台のピアノの前に立つと僕たちにこう言った。澄んだ彼女の声が響く。

「 ・・・と、こちらのピアノは貴重なピアノで ・・・ 」。
── それは透かし彫りの譜面台と装飾が施された、木目の質感が美しいピアノだった。
クララ・シューマンが使用したと云われるピアノ。それが此処、江古田にある音大の
施設にあるというのだ。 説明によると … 晩年の頃のクララに献呈された物という。

「 どんな音がするんですかね? 」
おもむろに僕がそう訊ねると、彼女は説明を一旦止め、木目のピアノの前に座る。
そしてゆっくりと” トロイメライ ”を弾き始めた ────

~ Interplay ~Ⅴ~楽器の変遷は時代と共に… ※見学メモより ~

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~ Clara Schumann (1819~1896) ~【 Traumerei 】

トロイメライ── 夢。 ドイツ・ロマン派の作曲家ロベルト・シューマンによる作品
『子供の情景』からの有名なピアノ曲である。クラシック音楽の知識が有るわけでもない
僕でも、聴けばすぐにそれと分かる。 童心を懐かしむような優しい雰囲気の曲だ。

不遇な作曲家だったと云われるシューマン。生前、その作品が世に認めてもらえなかったこと、
思うように行かない…病気のこと。そんな彼を支えたのがクララ・シューマン夫人である。

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【 Clara Josephine Wieck-Schumann 】

クララは音楽教師であった父から英才教育を受け、幼い頃から天才ピアニストとして
注目された。十代で当時のオーストリア皇帝から王室皇室内楽奏者なる称号を贈与された
程であり、ロマン派音楽の中心として認められ活躍した演奏家である ── と伝記にはある。

演奏家の場合・・・今日ではその演奏を実際に確かめる術は無い。
ヴァイオリニストのパガニーニの場合と同じく想像するしかないだろう。 ただし、
彼女を称える人々の中にはリストを始めとしてショパンやメンデルスゾーン、そして
ヨハネス・ブラームス … と錚々たる楽聖たちの名前が並んでいる。 だからクララ・
シューマンが歴史上の伝説の名ピアニストであるといっても差し支えはないと思う。

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~ Nastassja Kinski - Frühlingssinfonie (1983) ~【 Friedrich Wieck 】

このようにクララは若くしてピアニストとしての才能を認められた。何せ皇帝も認めた天才少女だ。
聴衆が彼女を求める声、演奏の依頼は後を絶たない。父フリードリヒは娘を第二のモーツァルトとして
売り込もうと目論んだという … 。こうして彼女はヨーロッパ中を演奏して回ることになる。

こうなると音楽教師の父親も所謂ステージママ(パパ?)に他ならないだろう。売れっ子ピアニストと
マネージャーの関係だ。やがて密接な親子の関係にも次第に確執が生まれる。少女クララの心にも
芸術家としての自我や独立心が芽生える。さらに、父の弟子の内の一人の青年の存在が関係性に大いに
複雑さを増すことになる。 それがロベルト・シューマンとの出会いだ。

::

【 Clara on films 】

クララ・シューマンの人生は何かと話の種が豊富なのだろう。出だしの少女期からして興味を引く。
娘として妻として、また8人の子を持つ母親として紆余曲折を経て辿り着いた先に待ち受ける運命・・・
そして晩年に至っても音楽家として ── 否、ひとりの女性としての信念が試される。まるで大河ドラマの
ようだ(良い意味で)。彼女の生涯は題材として戯曲化されてTV作品や映画作品が数多く制作されている。
以下、いくつか簡単に紹介してみよう──、

::

~ Martina Gedeck - Geliebte Clara (2008) ~
『 哀愁のトロイメライ / Fruhlingssinfonie 』(1983) 《※二つめの画像》
ナスターシャ・キンスキー主演。少女クララが結婚するまで~天才ピアニストしての姿を
描いている。若々しく麗しいヒロインとそれを取り巻く野心家たち…といった映画だ。

尚、同じように天才音楽家を描いた作品に、ナスターシャの父クラウス・キンスキーが
監督・脚本・主演した『 パガニーニ (1989) 』 と言う怪作もある。(娘に対抗した
のだろうか?)クラウス・キンスキーの狂気に犯されたパガニーニがトラウマものだ。

::

次いで、『 クララ・シューマン愛の協奏曲 / Geliebte Clara 』(2008) 《※上の画像》
『善き人のためのソナタ(2006)』など、近年活躍目覚しいマルティナ・ゲデック主演。
この人が演ずるクララはとても自然体だ。 夫ロベルトがデュッセルドルフの音楽監督に
招かれ病床に臥すまで ・・・  そのあたりの結婚生活を描いた作品だ。

思慮深く構成された映像と押さえた演技が印象に残る。そういう演出だからなの
だろうか … 物語舞台は19世紀の筈なのだが、とても今日的な現代的な感覚で
観る事が出来る作品だ。ここでは夫ロベルトの病気についても随分と掘り下げられている。

::

最後に、キャサリン・ヘプバーン主演の 『 愛の調べ / Song of Love 』(1947) 《※下の画像》
クララの結婚から晩年までを描いている。MGMの古いモノクロ映画である … 個人的な
見解だが、おそらく数あるクララ・シューマンの伝記物語の原型といったものは、この映画で
既に完成されていると思う。構成・演技・演出、そのどれもが高い仕上がりだと言えよう。
ピアノの当て振りは20世紀を代表するアルトゥール・ルービンシュタインが弾いている。


~ Katharine Hepburn - Song of Love (1947) ~【 Muse - Goddess of Art 】

時代を超えて女優たちに演じられるクララ・シューマン。
そのどれもが立場が変化しても変わることのない精神的な気高さ、
或いは気品と物腰。芯の強さを具現化しようとするかのように僕には思える。
人々が求めるクララ・シューマン像とは、芸術を司るミューズ──ある意味では
女神を崇拝する気持ちにも似ているのかも知れない。

::

それにしても晩年になってもクララが最後まで弾き続けた”トロイメライ”──
彼女が終生持ち続けた信念とは夫シューマンの芸術性に対する畏怖だったのだろうか?

創造することとは僕には恐ろしく感じる。それは、人間の内面、
その奥に潜む言葉にならない心 ── 深い闇に覆われたその深淵を、
勇気を持って覗き込む行為に他ならない … そう思うからだ。

まるで奈落の底に脈打つ水脈を主意深く感知して、
何処かから湧き上がる源泉を見つけ出すかのようだ。
霊験あらたかなひと滴を己の身体に取り込み、
そして、芳醇させ、新たに提示することが出来た者だけを
多分、人は芸術家と呼ぶのだろうか ・・・ 。


gkz



※ 関連エントリー
Interplay ~Ⅴ~ 楽器の変遷は時代と共に…

8/22/2010

映画 『 真夏の夜のジャズ / Jazz on a Summer's Day 』 no.2


~ Interlude - Jazz On A Summer's Day ~

【 Revival - Jazz on a Summer's Day 】

この辺で少し映画の話をしようと思う──、
1958年の第五回目のイベント模様をドキュメンタリー・タッチで映画化した『 真夏の夜のジャズ』。
ジミー・ジェフリー・スリーの軽やかな演奏に始まりマヘリア・ジャクソンの重厚なゴスペルに至るまで、
本来は四日間のステージを編集して夏の一日 ─── 日曜日の出来事としてまとめられている。

日本でも1960年に公開されて人気を博し、本場のジャズ生演奏が見られる機会として、当時多くの
音楽関係者にも影響を与えたと云われている。そしてこれ以降、本格的なライブ公演の機運が高まり、
翌年のアート・ブレイキー初来日などミュージシャンの来日ラッシュが始まったそうだ。

::

この映画は古典的名作とされ、過去に何度もリバイバル上映されている。
その度毎に何十回も観たと豪語する往年のファンや新たな若い客層を
巻き込んで、その息の長い人気は今日まで続いていると言えるのだろう。

僕も何年か前に確か六本木だか何処かにまで観に行ったことがある。
驚いたことにレイトショーにも関わらず場内は立見が出るほど満席で、
仕方なく通路の床に座って観た記憶がある。客層の年齢も高かったと思う…。

::

どうして映画『 真夏の夜のジャズ 』は時代を経ても尚、人々に好まれるのだろう・・・

成るほど、そもそもの映画題材──フェスティバル自体の主役はあくまでも音楽そのものだ。
この映画に出演しているミュージシャンたちも超一流であって、あれこれ論じる必要は無いだろう。
アニタ・オデイ、チコ・ハミルトン、ルイ・アームストロング、セロニアス・モンク、etc…
その素晴しい音楽の魅力は、きっと人の世が続く限り色褪せたりはしない。

が、しかし。ここに大事な要素がもうひとつある。白熱のライブ演奏に対してモンタージュされる
”観客”とニューポートの”風景”。ここが多分、肝心なポイントなのである…。


~ Mahalia Jackson - Jazz On A Summer's Day ~

【 Documentary film for music lovers 】

映画『 真夏の夜のジャズ』はステージ上で繰り広げられる演奏をBGM代わりにして、
まず、カメラのフォーカスがそれを見守る観客の表情をこと細かく捉えて画面に映し出す──
どの観客の顔には楽しげな表情が浮かんでいて、十分にリラックスした感じが窺える。
楽しみながらも優雅さを決して崩さない人々の佇まい、そこには余裕が感じられる。

それからカメラは移動して閑静な避暑地の景色、上品な街並の中へと我々を案内してくれる。
浜辺で水遊びを楽しむ親子の姿だとか、大きな邸宅の緑の芝の上を裸足で歩き回る
子供の映像も柔らかくて心地よい…解放的な夏の雰囲気だといえよう。

::

この挿入される映像の比率は、ざっと僕の主観にして”ステージ”に対する”観客&風景”が6:4
くらいか…、或いはそれ以上かもしれない。とても割合が多いのだ。皮肉にもこれらは撮影トラブル
というか偶然の結果であって、バート・スターン監督が映画に不慣れだったおかげだと思う。

なんでも初日の撮影は未経験なのが災いして見るも無残な結果に終わったらしい。(この1958年の
第五回目のニューポート・ジャズ・フェスティバル──初日にはマイルス・デイビスやデューク・エリントン
も出演していた筈だが、今日まで何故?彼らの映像が公にされないのかと僕はずっと不思議に思っていた
が・・・)二日目からはコロンビアレコードの音楽ディレクター──ジョージ・アヴァキアンの弟である
アラム・A・アヴァキアンに全権が委ねられて無事に撮影が行われたそうだ。

::

そもそも監督のバート・スターンは元々は広告業界で働いていた写真家であり、モデルを使った人物・
スチール写真を得意にしていた。あのモンローの" The Last Sitting "撮影で有名な人だ。
聞くところによると実際、彼は、ジャズにも映画撮影にも疎かったと云われている。

冒頭に書いた、『 上流社会 』の二番煎じではないが…当初、バート・スターンの構想では
『 真夏の夜のジャズ 』はニューポートを舞台にしたラブストーリーを考えていたというから驚きだ。


【 Visionary utopia 】

頭上には透き通った空があり、見渡せば青く澄んだ海がどこまでも広がる──
遠くには滑らかに帆走する12m級のヨットの白い船体が見える。
ディキシーの名曲を吹く音が聴こえてくる。ステージ上での進行とシンクロしながら、
やがてゆっくりと日が傾く内に辺りは薄暮に染まり、神々しい歌声と共に深く闇に包まれる・・・

安息であり理想郷──つまり『 真夏の夜のジャズ 』という映画は豊かさへの憧れを誘い、
夏の休日”vacances”はかくあるべしといったある意味での幻想を抱かせるのだ。
現代社会ではとうの昔に散った…フィルムの中にだけ許される夢なのかも知れない──。


by gkz


参照資料
『 真夏の夜のジャズ / Jazz On A Summers Day 』 DVD Sony Pictures
『 真夏の夜のジャズ / Jazz On A Summers Day 』 CD Victor
『 上流社会 / High Society 』  DVD MGM / Warner Bros
『 ニューポート・ジャズ・フェスティバルはこうして始まった ~ 1953-1960年の記録と、
ジャズレディ、イレーン・ロリラードの横顔 ~ 』 酒井 真知江 著  講談社
『 ジャズ100年史 / A century of jazz 』  ロイ・カー 著 
広瀬真之 訳 バーン・コーポレーション シンコーミュージック



 

映画 『 真夏の夜のジャズ / Jazz on a Summer's Day 』 no.1


【 High Society 】

1956年のMGM映画に 『 上流社会 』 という作品がある。アメリカの東部に位置する
ロードアイランド州のニューポートを舞台に──そのタイトル名の通りハイソサエティな
社交界の人間模様とジャズ・フェスティバルの興奮を組み合わせたミュージカルだ。

出演には二人の大物、ビング・クロスビーとフランク・シナトラを起用。また、本人役で
ルイ・アームストロング。ヒロインには后妃になる直前のグレース・ケリー。そして音楽
担当はコール・ポーター・・・と何とも豪華なビッグネームの面々が揃っている。

社交界とフェスティバル。この題材の直接のきっかけとなったのは勿論、言うまでもなく、
1954年に始まったあのニューポート・ジャズ・フェスティバルのことである。

::

" 真夏の夜のジャズ / Jazz on a Summer's Day (1960) "

【 Newport Jazz Festival 】

ニューポートは当時の人口で一万人ほどの小さな町だったそうだ。だが、鉄道王・炭鉱王・
煙草王など富豪の大邸宅や別荘が競うように立ち並び、さらにはテニスやゴルフの名門
クラブが軒を連ねる。そのような全米屈指の保養地・避暑地として名高い場所だ。

他にも、ハーバーにはクルーザーやヨット、2艇のマッチレースで争われるヨットレース
の最高峰”アメリカスカップ”の大会も開かれていた。日本のイメージで言えば軽井沢・
葉山・芦屋か…。いずれにせよ、とにかく”格”が違うということだけは理解出来る。

::

そんな上流階級のお歴々が集うのがニューポートの社交界。パーティーにはやはり余興が
付き物だろう。ジャズ・フェスティバルの開催以前──ニューポートではクラシック音楽の
野外イヴェントが行われた事があると言う。ただ、これは不成功に終わったようだ。

普段ニューヨーク辺りで観慣れているから新鮮味が無いし、相応し過ぎで面白味に欠ける
としてあまり話題にならなかったと聞く。それに室内音楽仕様の生楽器では屋外において
は音量が足りないのは必然だ。まさかアンプリファイヤ(増幅)する訳にもいかないだろうし、。


~ Anita O'Day - Jazz On A Summer's Day ~

【 Elaine Lorillard 】

そんなニューポートの住人にイレーン・ロリラードというひとりの女性がいた。夫は煙草王
として有名な億万長者ロリラード家の子孫である。”クラシック音楽の替わりにジャズの
野外イヴェントを──”と言い出したのは彼女である。発案者ということだ。

若い頃のイレーンはニューヨークでイラストレイターやピアノ弾きの仕事をしていた。
やがてジャズに出会うと熱心にナイトクラブ通う程になり、そして第二次世界大戦中には
赤十字としてイタリアへ従軍し、余暇にはGIたちとジャム・セッションしてたという。

::

彼女はもともとニューポートの人間ではないらしいから、上流階級の慣例・・・と言うか
身分相応の教養としてのヨーロッパ音楽から逸脱する気楽さもあったのだろうか?彼女の
発言は話題になり、新しい物好きな好奇心も手伝って社交界の人々は話に乗った。

なにせお金は余りある位だ…。ともかく刺激あるパーティーを求めてジャズ・フェスティバル
は産声を上げたのだ。ただし、当時のニューポートの上流社会の人々──
名士の彼らといえどもジャズが何たるかをほとんど知らなかったという・・・



 

7/18/2010

映画 『 太平洋ひとりぼっち / Alone Across the Pacific 』


” ひっそりと        
静まりかえった    
珊瑚礁の向こう   
海の彼方に     
愛と夢は去っていく ”
  

”ビヨンド・ザ・リーフ/ Beyond the reef ”
by Jack Pitman より拙訳


【 Beyond the color of the sea 】

前から不思議に思っていたことがある。海の色はどうして
場所によって青色だったり緑色だったりするのだろうかと。
青・碧・蒼・マリンブルー・アトランティックブルー・・・

例えば、東京湾や横浜港の海の色はグレーがかっている青だ。
気分的なものかも知れないが、江ノ島とワイキキ、あるいは
ゴールドコーストなど各々の海の色は違って見えた。

そういえば昔、兵庫や和歌山の港からちょくちょく
四国へ行きのフェリーに乗船したことがある。
あのときのデッキから眺めた海はどうだっただろうか…

【 Depth of the Pacific Ocean 】

海の色。あの青く見えるのはどうやら光の反射ということらしい。
空の色など天候条件や海中プランクトンにも左右されるらしいが、
大きく言ったら水深が関係しているのだという。

浅い海であれば光が入っても、もう一度跳ね返ってくる。
だから緑色に見える。青いというけれど正確には黄色がかって、
いくらか温かみのある色になるらしい。
・・・・・・
太平洋──日本が面している唯一の外洋であり、
日本列島すらもその周縁部でしかない世界最大の海洋。
その平均深度は約4000メートル──つまり、
光は入ったきり反射せず吸い込まれっぱなしなのだ。

【 Isolated and lonely voyage 】

1962年(昭和37年)8月、
帆を風になびかせて一艇の小型ヨットが
ゴールデンゲートの橋桁をくぐり抜けて
サンフランシスコの湾内に辿り着いた。

船体には”MERMAID”と書かれた文字。
白い帆には人魚のイラストが描かれていた。
波間の上にぽつんと浮かぶ小さなヨット…
デッキの上には一人の青年の姿があった。

”太平洋の水は色が濃い。いくら晴れている日でも、
海面はインクみたいな黒っぽいブルーだ。
どこまでも深い、ほんとうのブルーである。”
堀江謙一著「太平洋ひとりぼっち」より

彼は94日間にもおよぶ日数を掛けて、
広い太平洋をたった一人で旅してきた。
距離はざっと7000マイル(11265km)。
セーリング/帆走による航海──それは
エンジンなどの動力を一切使わずに、
自然の風だけを利用した過酷な航法であった。

映画 『 太平洋ひとりぼっち / Alone on the Pacific 』

監督 市川崑  原作 堀江謙一  音楽 芥川也寸志 武満徹
出演 石原裕次郎 森雅之 田中絹代 浅丘ルリ子
1963年 日活

text and illustration by gkz


6/27/2010

映画 『 夜の終りに / Niewinni Czarodzieje 』



” Niewinni Czarodzieje ( Innocent Sorcerers ) 1960 ”

【 film by Andrzej Wajda 】

映画『夜の終りに』──監督アンジェイ・ワイダ、1960年ポーランド。
第二次大戦後のワルシャワを舞台に若者世代の倦怠を描き出す。
A.ポランスキーや作曲家 K.コメダらも出演。原題は無邪気な魔術師たち。

スポーツ医師とミュージシャンの二つの顔を持つ主人公の男。
ジャズを愛好し流行の服を身に纏ってはスクーターを乗り回す…そんな
気ままな独身暮らしの毎日を過ごしている。

ある晩ナイトクラブで魅力的な女性と出会い、芝居を打ってまんまと
彼女を部屋に誘う事に成功するが・・・

素性を隠したまま仕掛けられる心理ゲームと知的な会話の攻防──
夜を徹して行われる男女の駆け引き。ゲームが進むにつれ、いつしか
男は彼女に翻弄されていくのであった…

・・・・・・・・・・・・

【 Krzysztof Komeda's jazz band 】

この作品で特筆すべきは、やはり K.コメダによるテーマ音楽だろう。
以前にも取り上げたポランスキー作品 での曲想とは少し趣を異にするが、
ここでは当時、世界的な潮流であった手法で以てあえてヨーロッパの
古典音楽と現代的価値観との着地点を目指したのだろう。

夜の雰囲気へと瞬時にいざなうオープニング曲に始まり、
全編を通じてノワールなジャズのサウンドトラックが流れる。
都会の夜──真夜中の部屋──伸びゆく孤独の影・・・
といったメランコリックな情感がなんともたまらない感じだ。


「まづもろともに、かがやく宇宙の微塵となりて、無方の空にちらばるう」

・・・と僕はふと、そんな一文を思い抱いたりもした…。

by gkz

映画 『 夜の終りに / Niewinni Czarodzieje 』 
(英)Innocent Sorcerers  
(仏)Les Innocents Charmeurs
監督 アンジェイ・ワイダ Andrzej Wajda
音楽 クシシュトフ・コメダ Krzysztof Komeda
1960年 ポーランド 87分

6/22/2010

八十光年の孤独 ~ ” 星に魅せられて ” 『 10ミニッツ・オールダー 』 より


”  万有引力とは  
ひき合う孤独の力である ”


~ 『 二十億光年の孤独 』 より 谷川俊太郎 ~
Two Billion Light-Years of Solitude by Shuntaro Tanikawa


【 Astronauts return to Earth 】

宇宙や銀河の始まりや星の誕生に比べたら、
人類の持つ歴史なんて一瞬の儚い出来事なのだろう。
ましてや一人の人間の人生なんて微々たる塵のようなものかもしれない。

だからなのだろうか?宇宙を題材にしたSF作品では
漆黒の空間から見つめた地球──といった、
人類を俯瞰で捉えた描写が数多く見受けられる気がする。
・・・・・・
それは例えば、、宮沢賢治『 銀河鉄道の夜 』の
南十字座のエピソード(作者自身の宗教観の投影なのだろうか…)
──車窓の外を眺めるジョバンニの姿などに強くそれを感じてしまう。

また、手塚治虫の『 火の鳥 』でのアストロノーツ──
牧村飛行士の存在も忘れ難い。広大な宇宙空間を移動する使命、
それが故の孤独と彼が抱える業《カルマ》の悲劇、・・・あれは怖かった。

或いは『 2001年宇宙の旅 』でスターゲートを通り抜け転送されて
しまったデビッド・ボーマン船長も同じ身の上だし、他にもリック・デッカード、
シロツグ・ラーダット、QUEEN の隠れた名曲『 '39 』 etc... ... と。

【 星に魅せられて / Addicted to the Stars 】

2002年製作『 10ミニッツ・オールダー 』
”イデアの森 / The Cello”に収められた、
マイケル・ラドフォード監督の短編『 星に魅せられて 』。

" Addicted to the Stars " Directed by Michael Radford
a part of “ Ten Minutes Older: The Cello ”2002


この作品では英国人俳優ダニエル・クレイグ演ずる
セシル・トーマス船長が80光年の旅を終えて
地球に帰還するところから物語は始まる。

冒頭、身体検査において医師から明示されたのは
僅か10分間分の肉体老化──、
一光年とは光の速さで一年の距離である筈だから
80光年だと・・・何とも残酷な宣告だ。

そういえば昔々、古代ギリシャでは哲学と科学、
および芸術などが特に分け隔てられる事なく、
同じように論じられていたなど何処かで聞いたことがある。

” 宇宙はひずんでいる  
それ故みんなはもとめ合う ”

~ 『 二十億光年の孤独 』 谷川俊太郎 ~


宇宙から見た地球──経済成長と貧困、絶え間ない紛争、
政治的緊張と摩擦疫病や環境問題、文明は発展して科学技術は
日々進歩する。平和と民主主義を謳歌し正義のスローガンを
声高に叫ぶ人々、誕生し成長してやがて老化し死する──。

破壊と再生を交互に繰り返しながら、
不可逆的に未来に突き進んでいく私たちの時間。

【 The Earth is blue … 】

ふと… 「地球は青かった」と言う、あの、
ユーリイ・ガガーリンの言葉が頭に浮かぶ。
ミステリアスな地球の青い色──カインド・オブ・ブルー、青の時代、
形而上の時間と存在。ああ。考える程に僕はだんだん混乱してくる・・・

つまりはSFというジャンルはある意味では
哲学的領分でもあるということだろうか?

by gkz

5/23/2010

ブッツァーティ 著 『 七階 / Sette piani 』



戦慄の幻想文学 『七階 / Sette piani 』
 

【 Sette piani 】
ディーノ・ブッツァーティ──1906年、北イタリア生まれ。
イタリア文学界における特異な存在である。
その作品はこんにちにおいても異彩を放つといわれる作家だ。 

郊外のとある療養所を舞台にした『 七階 / Sette piani 』
──── 軽い微熱を患った男が、より精密な検査を受けるまでの
一時的措置という理由でひとつの病室をあてがわれて物語は幕を開ける。

その白い外壁をした七階建ての療養所は、一見すると
有名ホテルを思わせるような外観をしているが、
少々、変わった運営システムを採用しているのだ。
・・・・・・
入院患者はそれぞれの病気の進行や症状の程度によって、
各階に振り分けられて整然と事務的に管理される。

つまり、最上階の七階はごく軽い症状の患者たち。
六階は重症ではないものの決して侮るわけにもいかない患者たち。
五階になるとそれなりに深刻になる・・・という具合に、
一階下がるごとに症状は重くなっていくという。

現実と幻想の世界が交錯するかのような療養所、そのビル最上階にある
七階の病室は、まさに不可思議な世界への船着場ともいえるだろうか。
・・・・・・
男は精密検査の結果、最初に来たときと同じ七階の病室に留まる。
だが・・・次第に不安と悪い予感が頭をもたげてくるのだ。
やがて何日か経ったある日、男のところに階の責任者がやって来る…
申し訳ないが二人の子供と母親の為に部屋を替わって欲しいと言うのだ。

「 では、異存がなければ、一時間後に
部屋買替えにかからさせていただきます。
下の階に下りることになりますが …… 」
最後のひと言を、ごく些細なことであるかのように
小さな声で言い足すのだった・・・

【 Dino Buzzati 】
ブッツァーティはミラノ大学の法学部在学中に兵役に就き、
卒業後にミラノの新聞社に入社している。その当時、
植民地であったイタリア領東アフリカ(エチオピア)への特派員や
海軍巡洋艦の従軍記者など経てから作家としてデビューしている。

彼の作品に潜む不条理や人間の滑稽な振る舞いに対する皮肉めいた視点には、
ジャーナリストとしての資質が関係あるのではないかといわれている。

「 幻想物語を書くときも、それがあたかも実際に起こった事件のように  
書くことにしている。テーマが幻想的であり、あり得ないことであればあるほど、
より平易な、まるで警察の調書並みの事務的な言葉遣いが必要となってくるのだ。
このような明確な言葉遣いによってのみ、それ自体は馬鹿げたストーリーに、
説得力を持たせることが出来るのだから 」 ~ 関口英子訳『 神を見た犬 』 解説より ~


ブッツァーティは本人曰く「骨の髄まで悲観論者」だそうだ。
冷たいタイル貼りの壁と殺菌された器具が並ぶ療養所の病室──
そこに閉じ込められた男の悪夢のような焦燥のストーリー『七階』。

この作品で描かれた、人間がもつ可能性が見いだせなくなる状況、
或いは同時に必然性においても絶望するというような境遇は、
キルケゴールの”可能性の絶望”『死に至る病』に影響を受けたのだろうか?
もっとも、ブッツァーティは実存主義に対しては批判的だったようであるから
僕の思い違いかも知れないが…。

晩年のブッツァーティは文筆以外にも創作の場を拡げて、
詩集の発表や画家としての活動に熱心だったようだ。
また、六十歳のとき結婚。彼にとって母親以外の女性と
暮らすことは、この時が初めての経験だったという。


text and illustration by gkz


参考資料
『 神を見た犬 』ブッツァーティ 著 関口英子 訳 光文社


『 七階 / Sette piani 』 (1942) ディーノ・ブッツァーティ / Dino Buzzati
後に 『 とある臨床例 / Un caso clinico 』 (1953) として戯曲化。
また 『 鼻の鳴る音 / Il fischio al naso 』 (1967) として映画化とのこと。




5/16/2010

映画 『 シーズ・ガッタ・ハヴ・イット / She's Gotta Have It 』 スパイク・リー


” 船は男の夢を乗せて漂う 
  波の間と間に揺蕩う夢を
  海の彼方に消え去る夢を 
  その時夢は死をも恐れない
  それが男の人生だ

  女はそれを忘却の彼方に押しやる
  夢は真実だ
  男と女はそれぞれの生を生きる ”

~『 彼らの目は神を見ていた / Their Eyes Were Watching God 』より
ゾラ・ニール・ハーストン / Zora Neale Hurston~


シーズ・ガッタ・ハヴ・イット──
直訳すれば ”彼女はそうせずにはいられない”

何を?──それは同時に複数の異性と恋愛すること。関係を持つこと。
一般論としては男性に多く存在するタイプだろう。

1986年公開の監督スパイク・リー初めての長編作品。

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「 次の脚本のタイトルを思いついた。
”She's Gotta Have It ”
今までの作品とは違うものにしたい。
第一、今回は主人公が女性。
それだけでも僕にとっては変化だ。 」

~『スパイク・リーの軌跡』より 1984年10月4日 Spike Lee~

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この映画の中では一般的な立場とは逆転した設定になっている。
つまり主人公の一人の女性に対してそれぞれ
個性の違う三人のボーイフレンドが居るのだ。

製作する際には、膨大な質問項目を作り、
数多くの女性にインタビューをするなど
性行動についての入念なリサーチを行ったらしい。

「 様々な女性から意見を聞き出そう。
かなり掘り下げた質問内容でなきゃならない。
主人公の行動の理由を知る為に必要だ。

答えは女の子たちとの徹底インタビューの中で見つかるはずだ。
進歩的性欲症候群(Advanced Sexual Syndrome)
とでも名付けよう。質問は全部で40項目だ 」
~Spike Lee~


スパイク・リーによると、実際”そうせずにはいられない”
何人かの女性にはまったく正反対の特徴、周期的に禁欲的な
生活を送る時期があるという──過食や拒食の問題で
よく似た話を聞くことがあるが、それらと同じような
心理からなのだろうか?興味深い事実だ。

日本語の副題として”彼女の欲しいものは”とある。
これは作品の本質的なテーマに沿って付けられたタイトルなのだろう…。

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「 自由奔放に生きる女。やりたいと思うことは何でもやる。
彼女が違う男たちと抱き合い、キスし、寝られるなんてこと、
男たちにはとうてい理解できない。しかし一方で自分たちこそ
さんざん同じことをしてきたって事実にはちっとも気づかない。 」
~Spike Lee~


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要するに、SEXすることと愛することとは?それはどう違うのか?

人が不特定多数の異性関係を持つのは何故なのか?また、
それが厳しく非難され特に女性が行う事は許されないという
二重の基準──男女間の差は何であるのか?

そして、そもそも愛とは何だろう?

そういった現代的なセクシャリティを監督・脚本から配役や音楽、
製作に至るまで、全編に渡ってアフリカ系米国人としての信念と
作家性にこだわって作られたインディペンデント映画である。

のちの『ドゥ・ザ・ライト・シング (1989)』や『マルコムX (1992)』
といった人種間の問題提起となる作品とは若干趣きを異にする。
どちらかといえば『モ'・ベター・ブルース(1990)』に近い路線だ。

スパイク・リーのインタビュー読むと、たびたび、理想とした映画監督に
黒澤明の名前が挙がることがある。この作品でも登場人物が
それぞれ同じ事柄について証言する手法は『羅生門』からの影響だろう。

また、アメリカ映画史を大きく考えてみたときに、例えばここで
仮にスパイク・リー以前と以後に分けることが出来るとしよう──
そうすると明らかな違いが有ることに気づく。

つまり彼の映画では従来のハリウッド映画で描かれた作り物っぽい
戯画的な黒人の姿とは違う、実体をともなった個人としてその内面が描かれている。
普遍的な日常生活に悩めるひとりの人間として黒人が描かれている。
当たり前のことなのだが──。

「 長男としては、ミュージシャンにだけは
なるものかっていう反骨精神があったんだ。
父みたいにとても優れた偉大なミュージシャンを
親にもてたのは恵まれたことだと思ってるし、
この映画のおかげで彼の評価がぐっと高まったのはとてもうれしいよ。 」
~Spike Lee~


『シーズ・ガッタ・ハヴ・イット』の映画音楽はベーシストである父、
ビル・リーによる室内楽の静謐さを感じさせるような静かなジャズだ。
苦悩を湛えた叙情的なスコアは女性的な美の表現にも感じる。

by gkz

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【 シーズ・ガッタ・ハヴ・イット/ She's Gotta Have It (1985) 】84 min

監督・脚本・製作
スパイク・リー Spike Lee
音楽 ビル・リー Bill Lee
出演 トレイシー・カミーラ・ジョーンズ Tracy Camilla Johns
トミー・レドモンド・ヒックス Tommy Redmond Hicks
ジョン・カナダ・テレル John Canada Terrell
スパイク・リー Spike Lee

参考資料
『 シーズ・ガッタ・ハヴ・イット 』 VHS Asmik
『 スパイク・リーの軌跡 』 スパイク・リー 著 
田中アリサ 訳 マガジンハウス
『 ローリング・ストーン インタビュー選集 』
ヤン・S・ウェナー/ジョー・レヴィ 著
大田黒奉之/富原まさ江/友田葉子 訳 TOブックス
『 ブラック・ムービー 』井上一馬 著 講談社